浸食するを下らないと吐き捨てた


今日の探索に付き合ったのは、椎名と七瀬。
女の子を夜遅くまで連れ回すのは、彼女たちの美容と健康に悪いから、といつもより早めに切り上げた。きちんと女子寮まで付き添って、寮の入口で手を振って別れた。二人が寮の中に入るまで見届けてから、九龍は来た道を戻っていた。

H.A.N.Tで時間を確認すれば、時刻はまだ深夜1時。
これから一通り潜ったとしても、登校時間には余裕で間に合う時間だった。
弾丸の補充は遺跡内の《魂の井戸》でやればいい(アレは便利だ)。
一人で潜ると色々と文句を言ってくる奴もいるが、バレなければいいのだ。

そう決めて軽い足取りで歩いていると、前方に人の気配がして、歩く速度を緩める。
深夜なので、視界は真っ暗だ。
しかし、九龍の眼は少々特殊で、暗くても見えるようにできていたので、誰がそこに立っているのか視覚できていた。正体を認識した九龍は、にやりと狡猾そうに笑う。

「セイトカイチョーさんじゃん。ご機嫌麗しゅう?」
「随分と、仲良くやっているようだな」

感情の篭もらない声で、阿門が言う。
両手をポケットに突っ込む形で立っている九龍は、敵対する《生徒会》の長を目の前にしているというのに余裕の態度だった。

「仲良くやってる、って思ってるならアンタの目は節穴だな」
「なに?」
「馴れ合うつもりも、此処に馴染むつもりもない。全部、」

「演技だ」

「……なら何故、生徒をつれて《墓》に潜る?」
「利用する為」
「……」
「一人で潜るより多数で潜った方が、難しいんだよ。一緒にいる奴をいかに安全に、いかに無事に帰還するか。そのためには、通常よりも周囲に気を配らなければならない」

九龍は、まるで報告書を読み上げるようにすらすらと述べる。
それを黙って聞いていた阿門の瞳が、微かに瞠目したことに、九龍は気付いていなかった。
能面のように表情の落ちた九龍の顔は、見ているものに畏怖を与える。
そんな自分の状態にすら気付いていないようで、九龍の唇だけが、ただ、動き続ける。

「そして、素人と共に潜るからには、激しい戦闘は避けなければならない。血や臓腑の飛び散る様は視覚的にも、嗅覚的にも心身にストレスを与える可能性が高い。表の世界で生きている人間なら尚更だ」

しゅっ、と流れるような手付きで取り出されたナイフを、手の平の上でくるくると回す。
九龍の格好から察するに、そのコンバットナイフ以外に武器を所持していないようだった。
いつもは、マシンガンなどの銃器を持ち込んでいると聞いていたのだが。

そう阿門が考えている間も、鈍い銀色に輝くナイフは、九龍の手によって巧みに操られ、夜の暗闇の中を舞う。

「どれだけ血を流さずに、穏やかに、優しく、敵を殺すか――――」

手馴れた手付きで回していたナイフを宙に投げると、それは数回回って落ちてくる。
その時、ナイフに赤いものがこびり付いていたのを、阿門は見逃さなかった。

「どれだけ自分を抑えて、殺せるか――――」

子供が玩具で遊ぶのと同じで、九龍はナイフで遊ぶ。

「ハードルは、高ければ高いほど、やり甲斐があるだろう?」

そう言って、ニヤリと笑った時、九龍の顔に表情が戻った。
好戦的な光を隠そうとしない姿は、昼間に見せる九龍の姿と異なる。
誰も人を信用しない、と遠まわしに言う彼の言葉には一欠けらの躊躇いも無い。
一体、彼が生きてきた世界とはどんなものなのだ、と阿門は漠然と思った。

「そのために、俺は《生徒》を連れていく」

自分を鍛えるために、と言ったわけではないが、つまりはそういうことなのだろう。
阿門は戦慄した。学校で仲間たちと楽しそうに騒いでいるのも、《墓守》たちを救ったという彼の行動も、全て演技だというのだろうか。恐らく、九龍は自分以外を信じていない。自分を信頼して側にいてくれる存在でさえ、信じていないように感じた。それを笑顔で巧妙に隠している。

「………………お前は、なんとも思わないのか?」
「あん?」
「お前について行く者たちは、お前を慕ってついて行っているのだろう?そして、お前の役に立ちたいと思い、心配もする。その想いに対して、何も思わないのか」

微かに震える阿門の声に、九龍の口元が嘲笑うような笑みを浮かべた。
ただ、その紅い瞳は、妖しく冷たい光を放つ。




それを見た途端、じり、と引き下がりそうになる足を、阿門は堪えた。