名前を呼んで


できるだけ優しく、両の手で耳を塞いだ。

龍麻の顔を両手で包み込んでいるようにも見えるが、皆守の目的は龍麻の耳を塞ぐことであった。
そして、額をコツンと合わせて、皆守は瞼を伏せた。

柳眉を軽く顰めてはいるけれど、龍麻は抵抗しない。
滅多にない機会だからと、至近距離にある皆守の顔をまじまじと見つめていた。
整った顔してる。改めてそう思った。
いつも眠そうにしている瞳を縁取る睫毛が、意外と長かった。

「皆守、俺の耳を塞ぐ理由はなんだ?何かあったのか?」

自分の声が、自分の中に響く。それが嫌。
とりあえず、自分の耳を塞ぐ手を外させようと思って、龍麻は皆守に声をかける。
皆守に答える様子はなく、閉じた瞳をより一層強く閉じるだけだった。
何かに耐えるみたいに強く強く。眉間に皺が生まれていた。

「…………とにかく、何がしたいのか言ってくれ。さすがに俺でも、この状況は意味が分からない」

龍麻は沈黙を続ける皆守の頬に指を滑らせて、ゆっくりと撫ぜてみた。
緊張している身体を解すように、優しく。紡ぐ言葉は絶対の力と強さを込めて。
閉じていた目を開けて、皆守は龍麻を見る。
バツが悪い時の子供の目、もしくは、捨てられることを怖がる目だ。
じっと見据えて逸らそうとしない龍麻の視線から逃れるように、皆守はもう一度目を閉じる。
そして、小さく口を開くと、何かを言った。


「 な ま え 、 よ ん で く れ 」


耳を塞がれているせいか、皆守の声は上手く聞き取れなかった。
微かに聞こえた音と唇の動きで、龍麻は彼が何を言ったのかを理解した。
あまりに皆守が痛そうな顔で言ったものだから、龍麻は大人しく言うことを聞くことにした。
桜色に色付く唇が開かれると、掠れた声が名を紡いだ。

「……甲太郎」

皆守の名前が、龍麻によって音となり、龍麻の中に響く。
目を閉じて、何度も何度も、龍麻は皆守を呼んだ。皆守はそれを黙って聞く。
耳を塞いでいる手が温かいというよりも、熱かった。皆守の体温が上がっているのだ。

暗闇の中で、俺の中に響く、お前の名前。
それは音となって、ゆっくりと自分の身体に浸透していく感じがした。

心配しなくても、俺はお前を忘れないさ。
お前が此処にいたことを、俺の隣にいたことを、忘れたりはしない。
例え、  が死んだとしても、絶対に忘れないことを誓おう。

そう思いながら、その思いを言葉に預けて、龍麻は何度も皆守の名前を呼んだ。


「こうたろう」



( 俺の存在をお前の声でもってお前の中に刻み込め )