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何よりも誰よりも
JADE+Tatsuma
プールを取り囲むように建てられたフェンスに寄りかかって、一人の忍者が立っていた。
深夜の学校のプールに忍者、かなり不自然な組み合わせである。
じっと動かなかった彼が、慣れ親しんだ気を感じ取り、プール入口の方を見た。ハイネックのニットとジーンズ、その上にロングコートを着た龍麻が、ちょうど入口の扉を開けようとしているところだった。ぎぃ、と鈍い音を立てて扉が開かれる。底の固い靴とコンクリートがぶつかって、龍麻が歩くごとにコツン、コツンと音を立てる。1メートルほど手前で、その足音が止まった。
「待たせた、翡翠」
「いや、気にすることはないよ。呼び出したのは此方の方だからね」
「それで? 今日は何の用?」
ときおり吹く夜風が艶やかな黒髪を靡かせ、滑らかな肌が月光を弾いて白く輝く。
出会った時よりも少し大人びてはいるが変わらぬ美しさを、眼前の麗人は持っていた。
見た目だけでなく、内面から滲み出る魅力も昔と変わらず自分を惹きつける。
こうして闇夜に紛れて会うのも、刺激があっていいのだが、会える時間が限られているのが難点だ。護ると決めた龍麻の側に常にいられないのは辛い。さっさと此処から連れ出したい、というのが翡翠を始め、仲間たち全員の意見だった。しかし、当の本人がそれを拒んだ為、龍麻はこの學園にいる。唯一、學園に入り込める翡翠が、仲間と龍麻をつなぐ役目をしていた。携帯を渡してはいるのだが、直接会った方が確実だ。
「近々、此処に来るらしいよ」
「……は?」
「心配で心配で仕方ないらしい。誰かは、大体想像がつくと思うけれど。何も言わないで押しかけると、君が怒るだろうから伝えておいてくれって頼まれたのさ」
とある人物より頼まれた言葉をそのまま伝える。
龍麻は翡翠からの伝言を大人しく聞きつつも、その人物が来た時のことを考えると頭痛がした。額に手を当て、どう対処しようかしばらく悩んだが、その時になったらどうにかなるだろうと思い直す。今から考えても、その人が来るのには変わらないのだし、何か面倒なことが起こるのも変わらないのだ。頭痛に苦しめられる期間は、短い方が良いに決まっている。
冷えた手をコートのポケットに入れて、飛ばしていた意識を戻す。
次の用は何だろうかと待っていた龍麻だったが、ずっと黙っている翡翠を見て、今回の用がその伝言だけだと悟った。
たっぷりと沈黙の時間を経た後、哀れみと呆れを込めた声で尋ねた。
「………………翡翠、伝書鳩代わりにされてないか?」
「君専用のね。ま、これも仕事のうちだよ」
「昼は骨董品屋店主、夜は俺の伝書鳩?」
「そして本業は、君を護る忍」
「……そんなこと言ってると、大切な招き猫が泣くぞ」
呆れた顔を見せる龍麻に、翡翠は笑顔を向ける。
その顔は、とても誇りに溢れ、幸せそうだ。
「君を泣かせる方が僕にとっては重大だよ」