春独特のぼんやりとした気配



「……随分と物騒な所だよな、東京って」

でも明日香も一応都内になるのか?郊外にあったけれど。

明日香学園から真神学園に転校することになり、色々と入用の物を購入する為に、龍麻は新宿にやってきた。
転校を契機に一人暮しをすることになり、家具や電化製品はすでに購入しマンションに搬入済み。
それ以外の細々としたものを今日は買いにきたのだった。
それほど沢山買う物はなかったのだが、慣れない場所に買いに出たこともあって時間がかかってしまった。

時刻は夜八時。
荷物は店のサービスで郵送してもらったので、今龍麻が持っているのは近くのコンビニで買った500mlのミネラルウォーターとサンドイッチ。今日の夕飯だ。
疲れたのでちょっと近道して帰ろう、と思い人通りの少ない道を通ったのが悪かった。
不良、に絡まれたわけではない。

年齢性別に関わらず思わず立ち止まって見惚れてしまう、そんな容貌。
艶々とした黒髪に白く細い首筋。立ち振る舞いには、どこか気品が感じられ。
線の細い体つきから、大抵女性に間違えられる。
そんな理由で、厄介な輩に絡まれるのは日常茶飯事だったのだが。
不良とか変な男の方が、まだマシだろう(……といっても絡まれるのはお断りだ)。

「《陰氣》ってやつですか?」

龍麻の周りで倒れているのは、明らかに人ではない、《化け物》。
脇道に入った途端、どこからともなく現れたソレらに囲まれた。「何の用だ」と問う前に襲いかかられたので、相手の目的も分からない。
龍麻に倒され、その姿は跡形もなく煙のように消えたソレらに、眉を顰める。

消えたといっても、逃げたわけではない。
文字通り"消えた"のだ。煙のように。
生体活動を止めた体は、ひゅわりと淡い光を放ってこの世界から消える。

明日香学園にいた時、人外の力を持った奴と関わった。
それと同時期に現れた、実父の友人と名乗る鳴瀧に誘われて転校することになった。

「なんか、とってもとても面倒な事に巻き込まれた気分なんですけど」

自分の《宿星》について鳴瀧は語らなかったが、龍麻は気付いていた。
いつからと問われれば、生まれた時からと答えるしかない。
己の数寄な運命を無意識のうちに感じ取っていた。
それを悲観した事は、まだない。

「学校にいくのが、嫌になってきたかも」

これから、その厄介な運命のど真ん中に巻き込まれるのだ。
鳴瀧に言われた「真神学園に行け」という言葉からすると、自分の成すべきことは其処から始まるのだろう。
龍麻は何度目かのため息をつき、家路につこうと歩き始めた。

手にしていたビニール袋が音をたてる。
冷たかったミネラルウォーターは、すでに生温くなっているかもしれない。
生温い水、想像するとちょっとうんざりする。
思いっきり冷えている方が好みだ……猫舌のため、熱いのは苦手なのだが。

ふと、目の端に桜の木が入り込んだ。

吸い込まれるように、その桜に近付く。
住宅地に囲まれた、わりと広めの公園にその桜は咲いていた。
長い間、この場所に生き続けていたのだろう。幹は太く、枝振りも大きい。
八分咲きくらいなのだが、その立派な風格で、見る人にはまるで満開のように感じさせる。

龍麻はその木に触れて、目を閉じた。
桜の木と春の夜の生暖かい空気。それらに包まれて感じるのは、沢山の生き物の《氣》。
春はそれが強く感じる季節だろうと思った。
その生気に紛れて、暗い氣が微かに感じ取れる。
これから先、起こるであろうことを予見するかのようだ。

闇は、足音を立てずに、気配を消して広がっていくものだから。




「へぇ、桜には鬼が集まるっていうが……あながち間違った話じゃねぇみてぇだな」




この公園には自分一人しかいないと思っていた龍麻は、急にかけられた言葉に驚いた。
辺りを見回すようにして、声の主を探す。
桜の木の側に立つ龍麻から2、3メートルほど離れた所に、その男は立っていた。

スラリと高い身長、ガッシリとした体躯。
整った顔立ちは、精悍さと自信に満ち溢れている様子を感じさせ、切れ長の瞳に冷たさを覚えた。
長く伸ばされた自然な色をした茶色い髪は、無造作に高い位置に結びあげられている。
その場に立っているだけで、他人を威圧させる雰囲気を目の前の人物は持っていた。

今まで見たことがなかった。
そこにいるだけで、魅せることができる人。
自分がいるのがどこなのかも忘れて、龍麻はその男に見惚れていた。

「しかも、極上に美しい鬼ときたもんだ」

男はつかつかと歩み寄り、龍麻の目の前に立つ。
そして、断りもいれずに龍麻の顎を掴むと、見やすいように持ち上げた。
右に、左に、顔の細部まで丹念に見るかのように角度を変えている。

「…………離せ、変態」

急激な男の行動についていけず、茫然とされるままだった。
しかし気を取り直してみると、随分と自分は失礼なことをされている。
顎を取られて上を向かされるなど、まるでキスをする直前。
しかも、どちらかといえば女性側がされることだ。

例え女性的な容貌だろうと体型だろうと、龍麻は男だ。
こんな事をされて喜ぶわけがない。
目の前の男が女性にモテそうな俗に言うカッコイイ男だとしても、嬉しくない。
この男は、見た目はいいけれど、性格は最悪かもしれない。

今にも殺すような目付きで、龍麻は男を睨み付けた。

そんな龍麻の反応すらも面白いようで、男は鼻で笑う。
掴みあげた顎が解放されることはなかった。
振り払ってもいいのだが、男の力は見た目通り強くて簡単に振りほどけそうにない。

「俺を前にしても、そんな強気で反抗的な態度でいる奴がいるとはな」
「恐れる必要がどこにある?」

男は目を細めて睨むように龍麻を見る。
それも一瞬で、次の瞬間には唇の端を上げて面白い玩具を見付けた子供のように笑った。
男の手が、龍麻の顎からゆっくりと外される。見上げる格好になっていた首が、少し痛い。
龍麻は痛みのする首の後ろを摩りながら、桜を見上げる男を見つめた。

こうやって桜を見上げる"誰か"を俺は知っている……?
いや、知っているはず……、覚えているはず。

遠い昔か、いつか。
見覚えがあるのが自分なのかそうでないのかすら分からない。
けれど、意識の何処かが"知っている"と信号を出しているのだ。
柳眉を顰めて、必死に思考を廻らせたのだが分からない。

じっと見つめていた龍麻に気付いたのか、いや初めから気付いていたのかもしれない。
男は緩慢な動きで、視点を桜の木から龍麻に移し、端整な顔に嘲笑を浮かべた。

「桜に誘われるのが鬼なら…………、アンタもその仲間だったりして?」

「そうだとしたら、テメェはどうする?」
龍麻が気紛れに言った言葉に、男は過敏に反応して、明らかにさっきまでとは雰囲気を変えた。
獰猛な肉食獣を思わせる瞳が鋭さを増す。

「俺の行く手を妨げるなら、倒すまで。邪魔にならないのなら、ほおっておく」

龍麻に向けられた鋭さは、警戒。
自然と龍麻の視線に力がこもり、声にも硬さが込められた。
二人を包む雰囲気は、さきほどまでの軽いものとは一変し、冷たく重いものになる。今にも相手を殺しかねない、そんな一触即発の雰囲気だ。
永遠にも似た重く緊張した時間に終わりを告げたのは、先に喧嘩を売った男のほうだった。

「……その強気な性格、かなり気に入った。お前を俺のモノにしてやる」
「遠慮しとく」

いきなり喧嘩を売ってきて、今度は口説き落とすつもりか?
龍麻は呆れたモノを見るように、大袈裟にため息を付きながら相手の誘いを断る。
下げられたままの龍麻の腕を掴みあげ、男は思い切り力を込めて龍麻を引き寄せた。

「うわっ……!?急になにすんだよ!」

またしても相手のされるままになり、警戒心なさすぎだよ自分……とツッコミを入れたくなった。
いつもの自分はもっと神経を張り巡らせているはず。
どうも、この男の雰囲気に飲まれているような気がしてならなかった。
引き寄せられたことで、龍麻の体は男の腕の中に収まっている。
挙げ句、男は手馴れた仕草で龍麻の細腰に手を回して逃げられないように拘束した。

「なんと言われようとも、俺は手に入れるぜ?」

至近距離で微笑む男。背後には、満開に近い夜桜。月光。
その美しさを前に、龍麻は暫らくの間、男を見つめるしかできなかった。
鼓動が自然と早くなっているのが、自分でも分かる。
けれど、男にそれを気付かれるのが癪で、落ち付けと自分に言い聞かせる。

ひとつ、呼吸。
一度、視界から男を外す。そして、また男を視界に入れる。

「……せいぜい、頑張れば?俺が欲しかったら、必死で探して見つけてよ。そうしたら、考えてみてもいいよ」
「ふっ、俺を試すっつうのか?」

にやり、と龍麻は笑う。
艶やかな色気を纏い、誘い込むような笑み。
伏せ気味の瞳から覗く視線は、蔑むように男を誘う。
さきほどまで大人しく己の腕の中に収まっていた龍麻が、まるで自分を振り回して遊ぶような言葉を吐く。
そのどこまでも自分に勝ちを譲らず挑んでくる姿が、男には新鮮だった。

「簡単に手に入ったらツマラナイだろ?面倒は嫌いだけど、楽しそうなのは好きなんだ」
「……面白れぇ、やってやろうじゃねぇか。そのかわり、覚悟しとけよ?俺は容赦しない」
「こっちこそ、そう簡単に捕まらないよ」

腰に回されていた手から力が抜けられ、拘束が緩んだ。
龍麻と天童が離れることで出来た僅かな隙間を、春の夜風が吹き通った。
体をくっつけていたことで発生した熱は、夜風で奪い去られていく。
風で散らされた花弁が二人の間をすり抜けて、夜空へと上がり闇に紛れて見えなくなった。
それを無意識に目で追っていた龍麻は、寂しいと何となく思った。

龍麻の意識を取り戻すように、男は龍麻の頬に手を滑らせる。
自分に触れる手の温度で、自分が意識を飛ばしていたことにハッとして男を見る。

「俺の名は、天童。覚えとけよ?」
「天童、ね。俺の名前は、今度俺を捕まえた時に教えてあげるよ」
「あぁ、そうしてもらう」

そう言って天童は公園から立ち去り、残された龍麻は、その後ろ姿を見送った。



一目見て心を奪われてたなんて、悔しいから。
一瞬で心を奪われたのなら、残りはすぐには渡さない。

あの男の全てを俺が手に入れたら、俺は全てをアンタに捧げよう。
自分が一目ぼれするようなタイプだっただろうか。

それに、あの男からは懐かしい匂いがする。
絞め付けるような痛みとじんわりと広がる熱を、胸に与える。



桜の木に額を当てて、龍麻は瞳を閉じた。
さぁ、と風が桜の木と龍麻の髪を撫ぜる。手の平で幹に触れ、桜の《氣》の流れを感じ取る。
そうすることで、天童に会ってから興奮気味になっていた自分を落ち付かせようとした。

勝手に高くなった体温は、今もひく気配はなく。
目を閉じれば、今もハッキリと感じる、触れられた手の感触が残る頬。

ひらひらと舞う桜の花弁に彩られた視界は、ひどく幻想的で。
体にまとわりつく、湿気を含んだ生温い気温に思考を奪われそう。
夢か現か、全てが曖昧になってしまいそうな、今の自分。

けれどもあれは、春の夜に起きた、儚い幻ではなく。
確かな 現 実 。



加筆修正でup。変わっている部分もあれば、変わらない部分もアリ。
会話と話の流れは変わってませんね。
2005.08.05 加筆修正