着物の裾が、鮮やかに翻った



闇色の着物を翻し、優雅に舞う。
羽織った着物には金と銀、そして朱色の糸で描かれた鮮やかな華。
闇色に映えるその華は、雨を吸って艶やかさを増し竹薮の中を飛びまわる。
自分より遥かに巨大な鬼を相手に、麗しの青年は華を引き連れて戦っている。

否、戯れている。

鬼の攻撃をギリギリで避け、翻弄するように動く。
水を含んだ着物は重いだろうに、ヒラヒラと翻る裾は重さを感じさせない。黒の裾は空気と雨の間を横切るように流れる。

子猫をあしらうかのように愉しげで、口元には微笑が堪えずあり。
長めに伸ばされた前髪が、激しく動き回る体に合わせて揺れる。そこから見える瞳は、どこまでも黒く、雨で濡れた顔は誘うように艶めきを放つ。

何者なのだ、この男は――――

桔梗は驚きを隠せなかった。
足元は不安定な泥、周りに生い茂る草木、それに加えて豪雨。
男には不利と思われる状況だというのに、くるくると舞い、鬼を微塵に切り刻んでいく。流れる鮮血を浴び、顔にも着物にも朱色の模様ができあがる。雨ですぐに流れ落ちてしまうのに、すぐさま次の標的に向かうので、その模様は堪えることがない。
朱色の鮮血さえも、白い肌をより生々しく見せて彼の妖艶さを増すばかりだ。


山小屋で出会った不思議な男。俯いて眠りについていた所に、声をかけた。
顔を見合わせると、その白磁の肌だとかスッと通った鼻筋だとか、一つ一つの部品の完璧さに感心した。もちろん全体的に見ても、余程の捻くれ者でもない限り、美人だと声を揃えて認めてしまうような、性を超越した美しさ。

唇が開かれ声を発した時、天はニ物も三物もこの男に与えたのだと思った。
透き通る声は耳に心地よく、すぅっと心に染み入るようだった。
始末しなければならない相手だというのに、この声をずっと聞きたいと思っていた。


いつの間にか、鬼たちはその姿を消していた。
男は倒した鬼の陰気が消えて行く様を、ひどく哀しそうに見つめている。鬼のような残虐非道な強さと神のような聖域の如き美しさ、二つの顔を持つ男が桔梗は恐ろしかった。
自分は触れてはいけないものに、出会ってしまったのではないか、と。
カタカタと震える手を誤魔化すかのように桔梗は、傍らに立つ赤い髪の男に寄りそった。

「――――ほぅ、俺の作り出した鬼を倒すとはな」

不安を打消してくれるような、堂々とした天戒の声。
桔梗の震えもようやく収まり、顔にはいつもの余裕を持った微笑が戻る。

「名をなんと言う」

凛と通った天戒の声が、月光に照らされた藪の中に響く。
問いかけているように聞こえるが、その声は明らかに支配する、上に立つ者の声色だ。


「………………緋勇、龍斗」


気だるげに濡れた髪を掻き揚げながら答える声は、なんの感情も見えない。
雨を多分に含んだ髪は、龍斗の肌にしっとりと張り付いて色の濃さを増す。その雨で冷えた肌は余計に白さを増していて、精巧に作られた人形のように感じさせた。
無機質さを感じさせるのに、現れた瞳は吸い込まれるように深い色。

ぶるり、と。
龍斗の瞳が桔梗を写した瞬間、冬でもないのに全身に冷水をかけられたような気がした。



天戒が己を殺そうと殺気を放った時も、仲間に入れたらどうだと桔梗が言った時も。
龍斗と名乗る男はたいして興味も見せず、ただ流れに身を任せていた。
何事にも無関心、けれども強大な力を持ち。人に構われるの嫌っているようだが、惹き付けずにはいられない魅力の持ち主。
全てにおいて矛盾という言葉が付きまとっているようで……そして、龍斗が何もかもを諦めているように見えて。
非常に不安定な状態で存在している龍斗が、桔梗は少し恐ろしく感じていた。



龍斗が鬼哭村に来て、初めての夏。
もうしばらくすれば、大川で花火大会が開かれるだろうという時期。
なかなか寝付けなかった桔梗は、気晴らしにと外へ出ていた。那智滝まで足を伸ばしてみたら、滝の側の岩の上で月を眺めている龍斗に出会った。
とりとめのない会話を楽しんでいたら、ふと龍斗が神妙な面持ちで呟いた。


「初めて見付けたんです。この村に来て……守りたいものを、守らなければと思えるものを」


瞼を閉じて龍斗は言葉を続ける。
空高く昇る月を眺めていた瞳が、ゆっくりと桔梗に向けられる。
それは最初に会った時とは違う、穏やかな温度を称えた、包み込んでくれるようなものだった。

もう、怖くない。あの恐怖を感じることはない。
ふわりと翻る闇色の着物は、自分たちを落ち着かせてくれる。

あの、包み込んでくれそうな優しい瞳は、傷付いた彼らを癒してくれるけれど。
その瞳の持ち主は、一体、誰が、彼を癒すのだろう――――


「感謝、しています。貴方と、御屋形様と、この村の方々に――――」

そう言って笑った顔が、月光の元で咲く白い花のように艶やかで、けれども手を伸ばした瞬間に儚く消えてしまいそうなものだった。




紅蓮の髪をした男が村を襲った。
天戒も風祭も、誰も彼もが成す術もなく、一撃で倒された。まだ微かに上下している胸から、辛うじて生きているのだと分かる。けれどもう虫の息だ。
桔梗もまた、攻撃を仕掛ける間もなく切られていった。

切られた場所が熱を持ち、とろとろと流れる血の流れ。
やけに冷静に、そして静かに自分の置かれている状況がわかった。
ぼんやりとした視界には、己を切った紅蓮の髪の男が写る。

止めを刺そうと近寄ってくる。
あぁ、自分はここで果てる運命なのか……と感じた。

薄く開いた瞼には、近寄ってくる男。

次の瞬間。
広がったのは、龍斗の闇色の着物。
朱色と金銀の糸で描かれた模様が、ぼんやりとしか見えないが美しい。死に際に思うことでもないか、と妙に自分は冷静だ。


「殺させない――――、俺の       」


龍斗の言った言葉は、もう、聞こえなかった。







不審な行動をとっていた嵐王を追って龍泉寺に駆けつけ、色々と気にかかることはあったが、龍閃組と手を組むことになった。最近まで敵同士で戦っていたので、互いの強さは分かっている。それでも、慣れない面々で戦うとなると、気を使って実力を出し切れない。
少しでも慣れておこうという話になり、鬼道衆と龍閃組の主要メンバーで、龍泉寺地下に潜って訓練をすることになった。


「危ないッ!」


油断していた桔梗の背後から、鋭い爪を持った敵が切りかかる。
桔梗が気付いた時には遅く、避けきることができない。天戒も九桐も風祭も、駆け付けようとしているが離れた場所にいるため間に合わない。一番近くにいた蓬莱寺も、間に合うかどうかギリギリのところだった。
敵を前に目を閉じるのは、危険な行為だとは分かっていたが、桔梗は思わず目を閉じていた。

誰もが、飛び散る血を思った。


予想していた痛みが来ないことに、ゆっくりと瞼を開くと。
目の前には、"龍閃組"の緋勇龍斗。
広がるのは、いつかどこかで見たような、 や み に 咲 く 花 の き も の 。

己の腕で敵の爪を受け止め、動きを止める。敵もいきなり現れた男に驚き、一瞬動きが止まった。その隙を逃すことなく、龍斗は秘拳・朱雀をくりだして敵を消滅させた。

龍斗が倒した敵が最後だったようで、洞窟内から敵の気配が消え去る。

「……ッ桔梗!?何泣いてんだよッ」
「大丈夫か、桔梗」

視界が滲んで、いつつけられたのかも分からない胸の古傷が疼く。
鬼道衆の面々が心配そうに桔梗を気遣い、龍閃組の面々もまた心配そうにしている。

その輪から一人外れて、龍斗は泣きそうな笑顔でコチラを見ていた。
唇が動いていて、何かを言っているのが分かるけれど、それは音になっていなかった。



 な か な い で 



いつも何かを堪えるようにして笑う彼を見る度に、切なくて、苦しくて。
そんな顔は彼に似合わないと根拠もなく思ってしまう。
いや……根拠はあるけれど、ハッキリとは思い出せないのだ。


自分を守るように広がった闇色が、いつまでも脳裏に焼き付いて離れない。
鮮やかに翻った、色が。
いつまでも、この胸の傷と共に。じくじく、と熱をもってこの身を焦がす。



誰か、彼に涙を流させてやってください―――――


桔梗視点で陰→陽。何か可笑しな所があってもスルーの方向で(爆)
頭の中がごっちゃになっている今日この頃。
反転で色々でますよ。