だって、こんなに欲しいと思えたものに出会えたのは初めて。
だからどうやっても俺のものにしたい。



君 を 知 り 、 君 を 認 め る



何故だか分からないが、ふいに此処に来たくなった。
ラベンダーの花束を携えて、名の刻まれない墓石に祈りを捧げる。
いや、祈りを捧げる資格など自分にはない。
求めること。忘れること。許されること。

「ラベンダー。ホントに好きなんだな」

立ち入り禁止の墓地、しかも授業中だから誰も来るはずはなかった。
寝耳に水。自分以外はいないと思っていたのに、急に声をかけられて皆守は驚く。
聞き慣れた声に反応して振り向いた速さは、常のだらけぶりからは想像できないくらいに早かった。

「――――ッ、葉佩!」
「んな怖い顔すんなよ。別に聞いたりしねぇ」

踵を引き摺って歩きながら、九龍はポケットから白と緑のパッケージの煙草を取り出し、片手だけで器用に一本取り出して口に咥える。
完全に気配を消して近付いたであろう九龍に対して、皆守は全身から不信感を露わにしていた。
根掘り葉掘り聞かれるかと警戒していたのに、九龍は即座にそれを否定した。
聞かれたくないと思っているのを、当然のように分かっていたという態度だ。

この葉佩九龍という男は、洞察力が高い。
他人の触れられたくない部分に気付くのも早いし、嘘を見抜くのも得意。
口も達者なので、巧みに話を逸らして場を壊すことがない。
自分が聞かれたくない話題、相手が触れて欲しくない話題がでれば、さっと話を変えてしまう。
万人から好かれる要素になるかもしれないが、皆守にとっては面白くないもの。
主導権を握られているような感じ。手のひらの上で遊ばれているような気がするのだ。

そういった意味では、緋勇龍麻も同じ部分を持っているのだが、皆守は龍麻の側に自ら進んでいる。
何が違うのかと考えれば、皆守はそういう時の九龍の態度が気に食わないのかもしれない。

お前の考えていることくらい、簡単に分かるよ? と言っている挑発的な瞳。
龍麻に対しての感情と九龍に対しての感情の違いか。
前者は恋愛対象になりかけのもので、後者はライバル心というか同族嫌悪というか。
いつも龍麻をめぐって争いをしているせいか、いや、龍麻を抜きにしても九龍と皆守は合わないだろう。

煙草を挟んだ指を軽く持ち上げて、にやにや笑いながら皆守を見つめている。
見透かすような視線に耐えられなくなって、先に視線を逸らしたのは皆守だった。

「……チッ」

ポケットを探ってライターを取り出しアロマに火をつける。
漂い出したラベンダーの香りに、ほんの少しだけ気持ちが落ち着く。
九龍は近くにあった、自分の腰ほどの高さの墓石に寄りかかって、煙草を吸っていた。
九龍の気配を感じながら、皆守はラベンダーの花束が供えられた墓をじっと見下ろしている。

沈黙。九龍も皆守も、口を開かなかった。
紫の花を見ていた視線を上げた皆守は、煙草を味わっている九龍に意識を向けた。
遠くを見るようにして立つ姿は絵画のように完成されており、女子が騒ぐのも分かる気がする。
愁いを感じさせるその表情は、同性からみてもかっこいい。

「龍麻は?」
「あの人なら屋上にいるぜ。一人になりたいみたいだったからな」
「……へぇ。お前なら何と言われようと龍麻の側から離れねぇかと思った」
「今側にいても、龍麻サンは俺を写してくれないからな」
「は?」

ニヤリと口角を上げて嫌な笑みを浮かべ、指で挟んだ煙草の先を皆守に向ける。
軽く首を傾げて、まるで見下すような態度で九龍は断言した。

「分かってんだろ? 皆守も。時々、あの人は別の男の面影を探してる」
「……」
「やっぱ気付いてたか。お前もなかなか鋭いな」

口を閉ざしたままの皆守を、肯定の返事と捉えると九龍は満足そうに笑った。
短くなった煙草を投げ捨て、重厚な造りをした靴底で踏み潰す。
笑ってはいるけれども、九龍の心の中は全く面白くもなんともないだろう。

自分が好意を向けている相手は、他に好きな人がいる。
しかもそれは、恐らくすでにこの世にはいない人で。
けれども、相手は今もその人を好きでい続けているのだ。

面白いはずがない。
厄介な相手を好きになったもんだな、と皮肉ってやりたいところだが、皆守自身も九龍と同じなので笑ってからかえる立場ではない。
無理やりにでも問いただしてしまいそうな自分を、隙あらば押し倒して体だけでの繋がりを持ちたいと思ってしまう自分を、いつも必死で止めている。

そんな絶えず湧きあがる黒いモノを踏み潰すかのように、九龍は念入りに捨てた煙草を踏んでいた。
気がすむまで踏み潰された煙草は、土で汚れ、かけられた圧力で見るも無残な姿になった。
ボロボロになったそれを確認すると、九龍は空を仰いで虚ろな目をして呟いた。


「……死んだ後も自分を忘れないでいてくれる人がいるってのは、羨ましい限りだよ。俺からすれば」


「どういう意味だ」
「俺ってさぁ、生まれた瞬間から普通じゃない世界にいて。家族とか恋人とか、深い間柄ってやつを作ってこなかったから。誰かが死んで悲しい、っていう気持ちはよく分からねぇんだよな。そういう風に思える人はいなかったし。職業柄、死ぬ確率も高いから、特別な感情なんてなかった」

そこまで言い終えると、九龍は新しい煙草を取り出して火をつける。
歩きながら、吸いながら。皆守に近付くと、一際大きくソレを吸った。
すうっと吸い込んだ煙を吐き出すと、しゃがみ込んで皆守が供えた花の隣に丁寧に置いた。
供えられた煙草からは、細く白い煙が空に向かって伸びていく。
悲しみも哀れみも映さない赤い瞳が立ち昇る煙を見つめ、皆守はその姿を黙って見ていた。

だらりと垂れ下がった皆守の手には、まだ火のついたアロマ。
皆守の持つアロマからも、細く煙が立ち昇っていた。

「だから……俺が死んでも、きっと誰も何も思わない。まして、俺の墓に花を供えてくれるような奴いない」

立ち上がるのと同時に、油断している皆守の手からアロマパイプを奪い取る。
垂直に昇っていた煙が、ぐにゃりと歪んでアロマは九龍の手に移動した。
そしてそれを、さっきのように指で挟んでその先を皆守に向ける。

「そう考えるとさ、忘れないでいてくれる人がいる人は幸せだと思う。悲しんでくれる人がいるのは幸せだ」

差し出されたアロマは、あと数センチで顔につきそうだった。
けれど、皆守は目を逸らしたりせずに九龍を見返す。
目に焼き付きそうなオレンジ色の先には、普段のふざけた調子の九龍ではなく、真剣な表情をした九龍がいた。

「…………その所為で苦しむ人間がいるとしてもか?」

出てきた言葉は、辛そうに絞り出された声だった。
今も苦しんでいるような声に、コイツも失う辛さを知っている人間なのだと新ためて思う。
その点でいえば、皆守は龍麻の気持ちを共有できる人間なのかもしれない。
共有は無理でも、多少理解はできるかもしれない。

どちらにしろ、自分には無理なことだ。
失う辛さも悲しみも、九龍は知らない。
だからこそ、九龍は皆守が少し羨ましかった。
こんな非情とも思われる言葉が言えた。こんな感情が生まれた。

「あぁ。苦しむ人間がいても、だ」
「…………」

首を軽く傾げて笑えば、銀色の髪が揺れる。
緻密な細工が施されたパイプを弄びながら、九龍の声は少し楽しそうだった。
アロマから流れる煙は、ゆらり揺られて歪みながら、皆守と九龍の周りを漂っている。

「傷を優しく癒してくれる人よりも、その傷をつけた人の方が忘れられないだろ。だったら俺は、傷をつける方を選ぶ。たとえその傷が膿んで、爛れて、死にたいくらい苦しむことになったとしても――――


どんな手をつかってでも刻み付けるぜ?《俺》を、あの人に。初めてだからな、本気で欲しいと思ったの」


軽く握った拳で皆守の胸を叩けば、ぼすっという鈍い音が響いた。
心臓を直接叩かれたような、そんな気がした。
本気で手に入れてみせるという覚悟が、叩かれた胸から、九龍の声を聞く耳から伝わる。


嗚呼、そうか。コイツは子供なのだ。


皆守は唐突に、目の前の男を表わすのにピッタリの言葉を見付けた。
今まで、何故こんなにも九龍に苛ついていたのかが謎だった。
龍麻に手を出すから、それだけの理由だと思っていたがそうではなかったのだ。

たとえば、蟻の行列を踏み潰すような。たとえば、空を飛ぶ虫の羽を抜くような。
無知ゆえの残酷さ。無意識の狂気。
そんな子供が一瞬見せる怖さを、九龍から感じた。

ただ、自分がソレを欲しいだけ。
他が、自分がどうなるかなんて、知らない。

自分が欲しいと思ったら、なにがなんでも手に入れる。
駄々をこねて泣き叫んで、恥も躊躇いもなく欲しいものを欲しいと思う。
相手のことなど考える余裕のない、自分中心の子供。

その所為で、相手だけではなく自分も傷付き苦しむことなど、九龍は知らないのだろう。

しかし、目の前の"子供"はそれなりの力と知恵を持っている。
だからこそ手に負えない、非常に厄介で面倒。

「お前って、結構ひどい奴だな。葉佩」
「俺ってサディストだから」

満面の笑みで答える九龍の顔が、やけに幼く見えて皆守は苦笑した。
真っ直ぐ差し出したアロマパイプを皆守が受け取る。
九龍は伸ばした手をそのまま上げて、人差し指を皆守の額にぴたりと当てる。
銃で狙い撃つような格好のまま、九龍は言い放った。

「これは俺からの宣戦布告だからな、皆守」

一瞬、呆けた皆守の顔がふっと自嘲気味に笑った。
妖しく煌く赤い瞳を細め、眉根を寄せて九龍は困惑した。

一体その顔は何を意味するのだろう。
受けて立つという意味か、それともすでに負けを認めているのか。
後者ではないと思うが、前者でもないような気がする。

「…………ま、受けて立つか逃げるか、それはお前の自由だけどな」

深く考えても意味がない。
どうせ、自分は勝つのだから。負けは許されないから、勝つしかない。
戦闘前の高揚感で一杯だった頭の中が、一瞬で冷静なものに変わり、上げた腕を下ろす。
この場所に興味を失ったように無言で踵を返すと、九龍は降り返ることもなく《墓地》を後にした。

皆守は立ち尽くしたまま、その後ろ姿を見送った。
メンソールの煙草の匂いが風で流れてきて、さっきまで確かにそこに九龍がいた事を示す。
自嘲とは違う、歪んだ笑みを浮かべて、皆守は九龍を見ていた。


執着するものを未だ持たない、持ったことがない。


裏の闇に塗れた、両手を血に染めた、賢い子供。
それでも常に前ばかりを見据えて進むその姿が、羨ましくてしょうがない。
自分の闇を、あの子供が見た時。
あの子供の闇を、自分が直で感じた時。
引き摺り込まれるのはどちらだろう、あんな子供に負ける気はさらさらないが。

「……俺も、本気になるべき、かもな」

俺たちの勝負は、まだ始まったばかり。
龍麻も、己の存在を賭けた勝負も、まだ何も勝敗は決まっていない。






そのうち書き直したくなる可能性大。
書いているうちに、どんどん話が勝手にどっかに……