昼休みの3年C組の教室に、最近新しい来客が訪れるようになった。
3年A組所属の葉佩九龍。
数日前に転校してきた、銀髪と赤い瞳と知的な眼鏡が印象的な美形。




ア ロ マ と ハ ン タ ー は 犬 猿 の 仲



転校初日にして学校中の女生徒の心をつかみ、持ち前の気軽さで男子生徒とも仲良くなり、今では全校生徒から慕われる人気者だ。
そんな態度が気に食わなかった生徒たちが、校舎裏に呼び出し制裁を加えようとしたが返り討ちにあったらしく、今では舎弟へと成り下がったらしい。
つまり、葉佩九龍は数日にして天香の生徒を掌握したも同然だった。

そんな九龍が熱を上げている相手が、九龍よりも早く転校してきた3年C組所属の緋勇龍麻。
九龍とは別の意味で注目を集める人物だ。
老若男女、年齢問わず見惚れる美貌に加え、常に冷静で落ち着いた雰囲気。
意外と面倒見がいいらしく、"あの"不健康問題児の皆守甲太郎を手懐けた唯一の人物。
高嶺の花の彼は、学園の新たなマドンナとして羨望の眼差しを集めている。

転校初日に颯爽と現れた九龍は皆守の目の前で、龍麻と熱い抱擁を交わして(この辺は誤解)、結婚式に花嫁を攫う昔の男のように(この辺も誤解)龍麻を攫って行く、という所業を成し遂げた。
さすがの皆守も、突然の事に驚いて対応ができなかった。
近くにいた八千穂は、茫然と見送るだけで。
女子は「愛の三角関係?」と黄色い悲鳴を上げ、男子は「皆守にライバル出現か?」とからかい半分ショック半分でその様子を見つめていた。

そんな事件の翌日から。
九龍は昼休みになると龍麻の教室に来ては、一緒に昼食をとるようになった。
龍麻と皆守と九龍、女子曰く"三角関係"で一緒にいるの所を見るのは、最初は冷や冷やしたものだが、意外に仲良くやっていた。



今日の昼休みにも九龍は来ていたが、皆守はまだ登校しておらず、龍麻と九龍の二人でのお昼時間となった。
机の上にはカレーパンや焼きそばパンがごろごろと並び、龍麻の手には濃縮還元オレンジジュースのパック。
ストローで飲む姿が可愛い。龍麻がやっているから余計に可愛い、と九龍は一人幸せを噛み締めていた。残念なことといえば、俯いたことで長い前髪が顔にかかり隠れてしまうことだ。
机を挟んで向かい合って座っている九龍が、龍麻の前髪に手を伸ばした。
口まで運んでいたカレーパンを離し、龍麻はなんだと問うような目を九龍に向ける。

「龍麻サン、前髪長いよね〜」
「切るのが面倒で、そのままにしてるからね」

そう言って龍麻は自分の前髪を持ち上げて、上目遣いで見る。
そろそろ切ろうかなと思っていた矢先に、九龍に言われたので近いうちに切ろうか悩んだ。
ごそごそと制服のポケットを漁っていた九龍が何かを発見したらしく、にぱっと笑った。

「ちょっといじってもいいですか?」
「は?」
「俺、得意なんですよ。そういうの」

確かに九龍は手先が器用だ。本物の《宝探し屋》で、趣味は調合と読書と言っているだけあって、よく怪しい何かを部屋で作っている。
それに、九龍の髪型は毎朝ワックスなどでセットしていると思わせるものだ。
断る理由も見つからないし、満面の笑顔で頼まれると龍麻も嫌とは言えない。

「別に構わないけど」
「やった、龍麻サンの髪に触れるなんて感激ですよ」

机の上には、どこから出てきたのか大量のヘアピンがばらばらと降り、カラフルなヘアゴムとミニサイズのワックスが転がった。



「完成!」
「うわぁ、龍麻クン可愛い!すっごい可愛いよ!」
「可愛いって言われても……」

顔を覆っていた前髪とサイドに流れていた髪を、たくさんのヘアピンでまとめあげて。
カラフルなヘアピンは色や配置を考えて使われたらしく、黒髪を嫌味なく鮮やかに彩っている。
いつもよりすっきりした髪型は、龍麻に似合っていた。

マミーズにて昼食をとって戻ってきた八千穂が、龍麻と九龍を見て真っ先に駆け寄ってきた。
そして、見事な腕前で龍麻の髪をセットしていく九龍をじっと見てたのだ。

「今回はすっきりまとめてみました。どう、やっちー?龍麻サンのビューティホーな顔を晒してみた髪型は」
「いっつも髪で隠れちゃってるから残念だったんだけど。女の子にも負けないくらい可愛い!」
「いや、だから……」
「ん〜やっぱ俺って天才。龍麻サンの美貌を世界に暴露しちゃうのは残念だけど、どうせなら見せびらかして自慢したいって気持ちもあるしね」

可愛いといわれても嬉しくないんだけど、とちょっと頬を膨らませていじける龍麻。
それを慰めるように、するんと九龍の硬い指が龍麻の頬を撫でる。
あいかわらず白くて柔らかい肌は、適度な弾力でもって九龍の指に答える。
癖になりそうなその感触を九龍は堪能していた。

今にも唇が触れ合いそうなほど近い距離にある顔と顔なのだが、龍麻に気にした様子はない。
龍麻は何故か過度のスキンシップに慣れている。だからこそ、必要以上に接触してくる九龍にもけろりとして対応している。
が、慣れていない一般生徒たちからすれば、二人のスキンシップは赤面するようなラブラブっぷりだ。

頼むから他でやってくれという願いもむなしく、九龍は龍麻の首に腕を回すとぎゅっと抱き締める。
それを見て、八千穂はあいかわらず龍麻クンが大好きだねー、と言って笑っていた。

「複雑な心境ってやつだね、九ちゃん」
「乙女心はいつも複雑なものなのだよ、やっちー」
「あのねぇ……」


ごんっ!


「――〜〜ッ痛ェ!!!」

「朝っぱらから元気だな、お前ら」

鈍い音と共に九龍が後頭部を押えて床に沈み込む。
首に回されていた腕が解かれた龍麻は、コキコキと腕を回して肩をほぐす。
声のした教室の扉の方を見れば、何かを投げたらしい左手をぶらぶらと振って、皆守が立っていた。

「朝って……皆守クン、もうお昼だよ?」
「どうせまた、どっかで寝てたんだろ。そのまま夜まで寝過ごしちまえばいいものを」
「おはよう、皆守」

三者三様の言葉を聞きながら、皆守はさっきまで九龍が座っていた席に座る。
カレーパンを差し出すと、皆守が当然のようにそれを受け取る。
続いて何か飲む?と尋ねれば、買ってきたからいいと答えた。
けれども、皆守の手には飲み物らしいものがなかったのでどうしたのかと龍麻が見渡せば、九龍が蹲っている足元に、ペットボトルが転がっていた。

どうやらさきほどの鈍い音は、皆守が投げたペットボトルが九龍の頭にヒットした音のようだ。
かなり痛かったらしく、いまだに九龍はぶつかった頭を押えたままうんうん唸っていた。
九龍と一緒にしゃがみ込んで、八千穂が心配している。

中々微笑ましい光景だ、と父親のような心境で二人を見守っていた。
じっと見られているのを感じて視線を床から上げれば、カレーパンを食べながらも目線は龍麻の顔を凝視している皆守がいた。
普段とは違う龍麻の髪形に、疑問を抱いたようだ。

「どうしたんだ、その頭」
「あぁ、これか?九龍がね、やったんだ」
「へぇ……」

似合わない?とにっこり笑って小首を傾げる姿は、相変わらず綺麗だが、今日の龍麻は可愛いという感じが強い。
いつもは隠された顔が出ているだけでなく、全体的にすっきりしている感じがあるので、普段と違う印象を与える。
何やっても似合うよな、龍麻は。
口角を上げて笑う皆守に、龍麻も笑い返す。

緻密に止められたヘアピンが気になって触ってみようと手を伸ばすと、遮るように置かれたミルクティのペットボトル。
あとちょっとで触れられるところまでいったのに邪魔をされた。
皆守は舌打ちをして、仁王立ちしている九龍を睨み上げた。

「何だよ」
「別にテメェに見せるためにやったんじゃねぇ。勿体無いから見るな。つーか、さっき人の頭を的にしてくれたのはテメェか……俺の優秀な脳細胞が5万は死んだぞ。どう責任とってくれんだ、コラ」
「あ?俺が何を見ようと勝手だろうが」
「龍麻サンに限っては勝手じゃねぇんだよ、ほれ、そっち向いて寝てろ。不健康優良児」
「頭の軽い軟派野郎に言われたくねぇよ」
「あんだと?」

椅子に座ったまま睨む皆守。見下すようにして睨む九龍。
はっきり言って、どちらも近付きたくないくらい恐い。
元々目付きが悪い皆守が睨めば誰だって逃げ出したくなるし、美形な九龍が本気の顔で睨めば、眼鏡の要素も加わって余計に恐いのだ。
皆守が不良生徒の恐さなら、九龍はインテリ系の恐さ。
何をされるか分かったもんじゃないけれど、二度と這いあがれないくらいに貶されそう。

教室の空気がどんよりと重くなったのを、クラスメイトたちは感じとっていた。
いつになったら平和な昼休みを送れるようになるのだろう。
せめて昼休みくらいは仲良くしてくれ、というのが彼らの切なる願いだったりする。

「もぅ、やめなよ。いっつもケンカになっちゃうんだから、二人とも」

九龍の隣に立っていた八千穂が、腰に手を当てて怒っている。
出会って5分ほど話せばケンカを始める皆守と九龍に、彼女は困っていた。
せっかく知り合えたのだから、ケンカなんてしないで仲良くしようよ、というのが彼女の言い分だ。

「俺は悪くねぇ、コイツが勝手に絡んでくるんだ」
「そっちこそ、乗ってきてんだから同罪だろーが」
「テメェな……」

再び言い合いになる皆守と九龍に、八千穂ははぁ〜と大きなため息をつき額に手を当てている。
ゴチソウサマと手を合わせている龍麻は、すでに二人のケンカに飽きたようだ。
助けを求めるように八千穂は龍麻を見る。
必死の形相というのだろうか、目をキラキラさせて期待を寄せる八千穂。
こういう目をされると無下に断れない。龍麻は苦笑すると言い合いをする二人に向かって言う。

「そういうのを乗ってるっていうんだ、皆守。九龍も、けしかけるんじゃない。ま、ケンカするほど仲がいいって言うけどさ」

鶴の一声、ならぬ龍麻の一声。
見事、二人は龍麻の声でぴたりと止まった。

「コイツと仲がいいなんて鳥肌モンですよ。龍麻サンがやめろっていうなら、やめます。むしろ龍麻サンと仲良くしたいなぁ〜俺としては」
「…………」
「皆守クン、面白くないって顔してる」

椅子に座った龍麻をぎゅうっと抱き締める九龍。
龍麻に会う度に抱き付いているといっても過言ではない。
いつもそれを見ているのだけれども、やっぱりまだ耐性が十分とは言えないのだ。
あ、と口と目を見開いて驚く八千穂。恐る恐る皆守を見れば、同じように固まっている皆守。

机を挟んだ席に座っている皆守に、それを止める隙などなかった。
さすがにカレーパンを握り潰すようなことはしなかったが、ばっちり背後には低気圧を背負って九龍を凝視している。
それに一番早く気付くのは龍麻だが、今は九龍に抱き締められているので皆守が見えていなかった。

「ねぇねぇ、龍麻サン」
「何?」
「時々こうやって髪いじってもいい?」
「別にいいけど」

OKを貰えた嬉しさを、九龍は態度で示した。
つまり、龍麻の髪を手に取り、物語の王子様よろしく口付けたのだ。
絵になる光景に、遠くから見ていた女子からは甘いため息が。
その瞬間、ベコッとペットボトルを潰す音。

中身は零れなかったが、ペットボトルを握る手は力が込められていることで小刻みに震えている。
ここでキレたら九龍の思うツボだと分かっている皆守は、必死に堪えていた。
そんな皆守を面白そうに見て、九龍はべっと舌をだしてさらに挑発する。

「じゃ、早速明日の朝部屋に行きますよ」
「明日の朝?部屋にいないかもしれないけど、いいよ」
「!?なんで?部屋に居ないって……まさかッ」
「皆守を起こしに行かなきゃね。今日だって寝坊したみたいだし」
「別に来なくていい」

面白くないといった顔のまま、皆守はペットボトルのミルクティを口にする。
自分を抱き締める手をやんわりと外すと、うにっと皆守の頬を抓る。そんなにいじけるな、と宥めるように、抓られた頬は優しく痛い。
そっぽを向いていた皆守が龍麻の方を向けば、優しく笑う龍麻の顔。
窓から差し込む昼の日光も浴びて、その顔は眩しい限りだ。

「俺が起こしに行かなきゃ、明日も昼過ぎまで寝てるだろ?明日の1限は国語だぞ」
「…………」
「ちゃんと起こしに行ってあげるから」
「……テメェは、どこまで俺と龍麻サンの時間を邪魔すれば気がすむんだ!」

自分を無視して二人の世界を作られた九龍が、びしっと皆守を指差してそれをぶち壊す。
収まりかけたケンカが再び勃発して、八千穂は付き合ってられないと見切りをつけて、女友達が集まっている席に行ってしまった。

「龍麻が勝手にやってることだろうが」
「それを拒否してねぇだろうが、テメェも!」
「当たり前だ」

せっかく龍麻が朝から起こしてくれる、というか自分の相手をしてくれる機会なのだ。
九龍の過剰なスキンシップに答えながらも、龍麻は皆守のことをちゃんと考えていてくれている。
むしろ、優先しているといっていい。せっせと龍麻に構われる皆守を見るのが、九龍は気に食わなかった。
そして、今回も。

勝ち誇ったように不敵に笑う皆守に、九龍は沸々と込み上げる怒りを爆発させた。

「ムカツク、マジでムカツク!!覚悟しやがれ、クソアロマ!俺のルガーで蜂の巣にしてやる!」
「その前に銃刀法違反で捕まるぞ、お前が」
「そんなヘマを俺がするか!俺はいつでも完全犯罪だッ!」
「……自慢することじゃねぇだろ。大声で叫んでる時点で、すでに周りにバレてるからな。お前が犯人だって」
「黙れ!大人しく俺の的になりやがれ!」
「誰がやるか、ダリィんだよこっちは」

売り言葉に買い言葉。
終わる気配のない言い合いを横目に、龍麻は大きくため息をついた。
教室を見回せば、止めてくれという無言の視線がクラス全員から渡される。
けれどもそれににこりと笑って答えると、机の中から本を取り出して、読書の際には常にかける眼鏡をかけると、一人本の世界に逃げ込んだ。

結局、二人の言い合いは5時間目の授業の担当教師がくるまで続いていたという。




あれもこれもと書いていったら予想以上に長くなったorz
ヘアピンで髪を止める龍麻と後からモノを投げ付ける皆守が書きたかったんです。
初めは缶コーヒーだったんですけど、さすがに危険なので急遽ペットボトルに。パックだと破裂しますしね。