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緋勇龍麻が転校してきて一週間しか経っていないのに、皆守甲太郎と彼はクラス公認の夫婦カップルになっている。
他人を嫌っていた皆守が、龍麻からの接触だけは拒まないのだ。
いつも一緒にいるのは勿論のこと、眠っている皆守を優しく起こす姿だとか不機嫌な皆守を宥める姿を見ていると、我侭な夫を優しく受けとめる妻、に見えるのだそうだ。
そんな二人は、今日も一緒に登校していた。
見目麗しい龍麻といつも一緒にいる皆守に、男女問わず羨望の眼差しが飛ばされている。
それを鋭い睨みで蹴散らすと、再び眠そうな顔で龍麻の隣を歩いていた。
二人目の謎の転校生
「おっはよー。龍麻クン、皆守クン」
「おはよう、八千穂」
「…………眠ぃ」
教室に入ると一番最初に声をかけてくるのが、八千穂だ。それに笑顔で答えるのは龍麻。
皆守はというと、さっさと自分の席に座ってうつ伏せになってしまう。
いつものことではあるが、八千穂は呆れ顔で皆守の耳元で叫ぶ。
「みーなーかーみークン!起きてー!!」
「うるせぇぞ、八千穂」
「朝からずっと機嫌悪くてさ。折角俺が起こしてあげてるのに」
手をひらひらとさせて、うっとおしいそうな顔で八千穂を睨む。普通なら怖がってしまいそうなのだが、八千穂は平気な顔でお喋りを続ける。
組んだ腕に顔を埋めて眠りに入ろうとする皆守を見て、龍麻はくすりと笑うとふわふわの髪の毛をぽんぽんと撫でた。すると、皆守が纏っていた冷たい空気が柔らかくなった気がする。
「ねぇねぇ、知ってる知ってる?」
「なにかあったのか?」
笑顔で八千穂に聞き返す龍麻。話が長くなるかもしれないと考えて、龍麻の本来の席はここではないのだが皆守の前の席に座る。
「転校生が来るんだって、A組に」
「え!?」
「……はぁ?」
龍麻が転校してきたのは1週間前だ。
いくら転校生が多い学校だからといって、こんなに短いサイクルでやってくるのは珍しい。
撫でられる髪の感触が気持ち良くて、うつらうつらとしていた皆守は驚いて起き上がる。
「いつ来るんだ?その転校生」
「今日だよ、今日!すごいよね、龍麻クン来てからそんなに日が経ってないのに」
「うん、そうだね……」
八千穂は楽しみだね、と言って喜んでいる。
恐らく普通の《転校生》ではないだろう、と考えている龍麻と皆守の顔は微妙だ。
そんなことを話しているうちに、雛川が教室にやってきて朝のホームルームが始まった。
一日の授業の半分が終わり、それぞれが昼食をとるために移動を始めている。
今日はどうしようかと皆守の席で相談する龍麻。
ここ最近見られる日常の風景だ。――――しかし、
だだだだだっ
ものすごい音を立てて廊下を走っている輩がいる。
一体誰だ、と訝しげな顔がクラスの中に広がっていた。恐らく他のクラスも、何が起こっているのか不思議に思っているだろう。
《生徒会》が廊下を走ったくらいで手を下すこともないとは思うが、廊下は走るものではない。
がらっ。
足音が止んだと思ったら、すごい勢いで開けられる扉。
そこから入ってきたのは、短く切られた銀色の髪が印象的な男子。
細い銀フレームの眼鏡をかけ、その奥に見えるのは真っ赤な瞳。
すっと通った鼻筋に、獰猛な肉食獣を思わせる眼光は、その存在を一瞬で心を焼き付けるようだ。外国モデルのような端整な顔立ちに、女生徒たちは頬を染めている。
「やっと見付けた!ずっ〜と探してたんだぜ?!」
注目を浴びているのも関わらず、少年はずかずかと教室内に入ってくる。
視線は一点に集中したまま。
その視線の先に気付いたようで、クラス内の動きが止まる。張り詰めた空気の中でも少年は平然として、目的の人物に近付いた。
「は?」
「……龍麻。知り合いか?」
「いや、初対面……のような気がする、けど」
「あ、もしかして今日転校してきたっていう人じゃない?」
座ったままの皆守が、龍麻を見上げて尋ねる。龍麻にも覚えがないらしく、柳眉を顰めて悩む様子を見て、騒がしく入ってきた男を睨む。
八千穂が割って入ってきて、会話に加わった。
それを聞いて探るような意味も込めて睨んだ皆守だが、それさえもさらりと受け流して男は喋り続けた。
「あの時は俺、急いでたからちゃんと話せなかったけどさ。無事で良かったよ〜マジで」
「どうやら、向こうはお前を知ってるみたいだな」
「……でも、覚えがない」
「だってよ」
「なんだ、お前」
わざと大きな音を立てて席から立つ。数センチばかり高い男を改めて睨むと、今度は受け流さずに相手も睨み返してくる。
そのまま皆守と男は睨み合いを続けているのだが、その不穏な空気に教室に残った生徒たちは息苦しさを覚える。
なんでさっさと教室から出なかったのだろう、と自分を責めていることだろう。
龍麻はその二人に一番近いところにいながらも、じっと自分の思考に浸っていた。
「関係ないだろ。行くぞ、龍麻」
「…………!あ、ちょっと皆守……もしかして、なんだけど」
ラチが明かないと思った皆守が、龍麻の腕を引っ張ってマミーズにでも行こうする。
男の脇をすり抜けて教室を出ようとしたが、それを龍麻が止める。
乱入してきた男の真正面に立ち、じっと見上げて口を開いた。
「君、あの時ぶつかってきた、《宝探し………ッ」
龍麻の言葉を途中で止める。
しかもその方法に、教室内の時間が止まる。
皆守は眼を見開いて驚いているし、八千穂や他の生徒たちは頬を染める。
というのも。
転校生だという男は、龍麻の口を手の平で塞いだまま流れるような仕草でその細身の体を自らの腕の中に収めていた。急に後ろから抱き締められたことに、龍麻本人もかなり驚いている。
「はーいはい、覚えててくれたんだね。……でも、この場所でそれを言うのはちょっとヤバいなぁ」
最後の方の台詞は、耳元で囁くように告げられる。
周りから見ればかなり妖しい雰囲気。
容姿が整っている二人なだけに、余計にキラキラして見える。
そして、そんな二人の絡み合いを目の前で見ている皆守には真っ黒低気圧が下りていた。
「……おい、何してんだ」
「急ぎの用があるんで、ちょーっと龍麻サン借りますね。俺、3Aに転校してきた葉佩九龍。今度、君の名前聞かせてね」
「えっ?あたし?」
「そうそう。せっかく会えたんだし、仲良くしたいじゃん?」
「えへへ、うん。今度ね」
「アリガト。じゃあ龍麻サン、行きましょ」
「んー!」
嵐のようにやってきた転校生・葉佩九龍は、唯一皆守の相手が出来る麗しの花・龍麻を抱えたまま去っていった。
後に残ったのは、目付きが普段の数倍鋭くなった皆守と、この状況をどうすればいいのか悩むクラスメイトたち。
すでに昼休みどころではなかった……。
抱き抱えられたまま、屋上に拉致された。
今はキチンと解放されて、向かい合って立っている状態だ。
葉佩九龍と名乗った男は、龍麻が天香學園に来る原因になった人物。
彼が落としたH.A.N.Tによって、此処にいるのだ。ということは、目の前にいる人こそが本物の《宝探し屋》ということになる。
「……で、葉佩君が来たってことは誤解が解けたってことかな?」
「そうですね、一応は」
「一応?」
「…………………………………」
普段のよりは若干冷めた雰囲気で九龍に語りかける龍麻。
九龍の方も、さっきまでの騒がしい様子を一変させて真面目な感じがする。
この状況についての説明を彼にしなければならないので、とりあえず人気のない所に龍麻を連れてきた。正直に話す気はさらさら無く、上手く話をはぐらかしてしまおうと考えていた。
「……素直に言わないと、地獄、見るよ?」
地を這うような温度のない声、いっそう冷たさを増した空気。
それに加えて、威圧感が九龍に向かってくる。
今までに色々と危険な事を体験し、それこそヤバい人物とも渡り合ってきた九龍だったが、龍麻ほど其処に立っているだけで恐怖を与えることのできる人物に合ったことはない。
畏怖、絶対的存在、世界の覇者。
彼の前で嘘は通じず逆らってはいけない存在だということを、今まで培ってきた《宝探し屋》の経験が、否、本能が告げている。
「ッ、そ、の……今回の手違いは《協会》の信用問題に関わるので、公にできません」
「そうだろうね」
「で、H.A.N.Tに名前入力されましたよね?」
「…………あぁ」
「その時点でハンターとして登録されてしまったので、一度受けた依頼を途中で断るのは……その」
本当なら、もっと論理的に動く筈の頭が上手く回らない。
すっかり目の前に立つ龍麻の雰囲気に飲まれてしまっている。
「今回の依頼は、《ロゼッタ協会》に所属する研究局からのものだろう?途中で投げ出しても、信用が下がるのは俺の"ハンターとしての信用"のはずだ。しかし俺はハンターではないのだから、そんなものが下がろうと上がろうと構わない。ならば、さっさと帰してほしいのだが?」
「……どうして、依頼が《協会》からだと知ってるんデスか?」
依頼者についてはトップレベルの機密事項で、他者にバレることはない。依頼を遂行する《宝探し屋》でも知ることができないことを、何故、彼が知っているのか。
驚いた九龍は、龍麻を凝視してしまう。
その顔が面白かったのか、龍麻がくすりと笑った。
笑ったことで、先ほどまで九龍を威圧していた空気が一気に消え失せ、穏やかなものに変わる。冷たく射殺すのでは、と思われた龍麻の瞳も今は普通だ。
「俺には色々と知り合いが多くて……しかも、揃いも揃って過保護でね」
困ったような顔で、でもどこか嬉しいという表情で笑っている。
「……………スゴいですね」
「だろう?」
「……分かりました。正直に言います」
「当たり前」
「………………実は」
「俺、龍麻サンに一目ぼれなんです!」
「…………………………………え?」
思ってもいなかった言葉に、龍麻の動きが止まる。
ぽかんと開いた口と見開いた瞳。
九龍はというと、端整な顔をほんのりと朱色に染めて喋り続けている。
恥ずかしくて龍麻の顔をまともに見られないらしく、少し俯き加減になっているので、唖然とした龍麻にも気付かない。
「エジプトでぶつかった時H.A.N.Tを落としたのに気付いて、急いで本部に帰ったんです。それで貴方のことを調べて、その時に写真を見てから……ッ!っつーか、ぶつかった時すぐに拾おうと思ったんですけど、龍麻サンがスゲー綺麗で見惚れてる間に追い付かれて逃げなきゃならなくなっちゃって」
「………………」
「本部には色々と言われたんですけど、無理言って(脅して)俺もココに転校するようにしたんです!もうまさに俺の理想のタイプで、このチャンス逃したら二度と会えないと思ったし!」
「…………分かったから、落ち着け。頼むから」
喋りに熱が入り、どんどん龍麻に近付いてきていた。
至近距離で見下ろされる龍麻は、冷や汗を流しながら両手で九龍の肩を必死で押している。
このままいくと、押し倒されかねない。
今までにないタイプなだけに、どう対処していいのか分からない。
慕われるのは嬉しいのだが、九龍の場合は慕われるというよりは……違うような気がする。
そろそろ昼食を取らなければ時間が無くなってしまう。話も区切りがついたので、とりあえず今は教室に戻ることにした。
龍麻より一歩後ろを歩く九龍に、龍麻が一番重要なことを聞く。
「結局、俺は依頼が終わるまでココにいなきゃならないのか?」
「えっ、勿論じゃないですか」
「……俺、一応20代なんだけど」
「龍麻サンと高校生ライフ過ごしたいんで、無理やり(脅して)残れるようにしましたから」
「…………そう」
「学ラン姿もいいですね〜、なんかこう汚したくなるっつーか、乱したくなるっつーか」
九龍の最後の台詞は、独り言を言うように呟かれたものだったので龍麻の耳には届かない。
眼鏡の奥の赤い瞳が、制服を着ていても細いと分かる腰のラインを辿る。
キラリと妖しく光ったのを、前を歩いていた龍麻は気付かなかった。
3Cの教室に戻ると、低気圧を背負った皆守が自分の席についていた。
少しでもなだめようと八千穂が話しかけている。
クラスメイトはというと、数人しか残っていない。
屋上から戻った二人を見た途端、皆守がぎろりと龍麻の隣に立つ九龍を睨む。
やれやれ、と呆れながら龍麻は手に持った紙袋を机の上に置く。今からマミーズは無理なので、屋上からの帰りに九龍を連れて購買まで買いに行ったのだ。
一番最初に、八千穂に焼きそばパンを渡す。
ありがとうといって受け取る姿に、癒しを感じる。今度はカレーパンを取り出して、皆守に渡そうと思って視線をやると、椅子に座った皆守を九龍が腕組をして見下ろしていた。
しかも、睨んでいる。
「そーいえば。アンタ、龍麻サンの何?」
「はぁ?お前に言う必要があんのかよ」
「へぇ、そういう態度とるわけ。ま、別にいいけど。とりあえず、龍麻サンは俺のなんで手出すんじゃねぇぞ」
「何ふざけたこと言ってんだ?」
「ふざけてなんかいるか、俺は真面目だッ!龍麻サンは俺の!アンタみたいなダルダルアロマ野郎なんかに渡してたまるかッ!」
「……テメェ、やんのか?」
「はッ、やってやろうじゃねぇか。あとで泣き見るぜ?」
「上等。そっちこそ後悔すんじゃねぇぞ」
売り言葉に買い言葉。
最早止める気力もない龍麻は、皆守に渡すはずだったカレーパンの袋を開けて噛り付く。
ついでにオレンジジュースのパックも取り出して、ストローを指して飲む。
横では相変わらず言い争う、皆守と九龍。
あははーと笑いながら二人を見る八千穂に、龍麻は疲れたように大きくため息を吐く。
龍麻の肩をぽんぽんと叩くと、笑顔で言い放つ。
「モテモテだね、龍麻クン」
「……似たような光景が前にもあったな、確か」