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晩 秋 の 屋 上 に て 秋 を 思 ふ
屋上に出る扉から視覚になっている場所が、皆守と龍麻の指定席だ。
いきなり人が出てきても見えないし、影になっている場所なので寝るには丁度いい。
少し寒いのが難点だが。
本日も、数学の授業をサボって二人はその場所にいた。
壁に寄りかかって並んで座っている。
皆守の方は座っているというよりは寝転んでいる、というのが正しいか。
皆守は夢の現実の間をふらふらと漂い、龍麻は久しぶりに口にする煙草を嬉しそうに吸っている。
弱い風が吹いて、風下にいた皆守に煙がかかる。眉根を寄せて不快そうに龍麻を睨むと、気付いた龍麻が苦笑いをして、まだ長い煙草を携帯灰皿の中に押し込めた。
ちょっと悪かったなと思ったが、今更なので目を閉じてやり過ごす。
することがなくなって暇になった龍麻は、また吹き始めた風にふと思う。
「秋も終わりだな」
思わず声に出ていた。
風に冷たさが増してきて、全開になっている学生服の前を思わずかき合わせる。
さすがにシャツ一枚に学生服は寒かったか、と龍麻は後悔したが遅かった。
「そーだな」
まさか返事が返ってくるとは思っていなかったので驚いた。
横で寝転ぶ皆守に視線を落とすと、眠そうな目で空を眺めている皆守がいた。
話し相手になってくれるらしいと解釈すると、龍麻は嬉しそうに語った。
「紅葉、見に行きたかった。京都とか。綺麗なんだよな」
「へぇ、龍麻はそういう情緒って奴を大切にする奴だったのか」
「失礼な奴だな、皆守」
皆守の頭を軽く小突くと、頭の下で組まれて枕の代わりをしていた手が伸びてきて、龍麻の手を払う。
「焼き芋とか、やりたくならないか?」
「はぁ?」
「知り合いの家でさ、一回やったことがある。あれは結構美味いよ」
龍麻が高校時代の話だ。
知り合いの骨董品屋の庭は広かったし、木もたくさん生えていた。
庭掃除を手伝った時に、龍麻がやってみたいと頼み込んだら、まるで子供の我侭を聞く親みたいな顔をして了承してくれたのだ。
お祭り好きの仲間も呼んで、まるで童心に孵ったかのように一緒に騒いだのを覚えている。
今思い出しても、笑える楽しい思い出。
視線を空に移して遠くを見るように何かを見つめる龍麻は、何故だか自分よりも年上に見える。
同い年のはずなのだが、時々龍麻が見せる表情は自分よりも経験を重ねた大人のソレを持っていて、皆守はその瞬間が大嫌いだった。
だからつい、拗ねた態度をとってしまうのだが、それが余計に自分の幼さを強調しているようで腹が立つ。
そして今回も、いつものように拗ねた口調になっていた。
「東京のど真ん中じゃあ無理だな」
「東京のど真ん中でやったんだよ」
「そうか」
「秋刀魚が食べたいなぁ」
「焼いて食えばいいだろ」
秋の味覚といえば、やはりこれだろう。
うっとりとした表情で語る龍麻だったが、皆守は冷たい反応を返す。
「俺がやると、秋刀魚が秋刀魚じゃなくなるんだよ」
「なんだそりゃ……って、お前ならありえるかもな」
むっと拗ねたような顔をして、ごもごもと喋る龍麻は普段とは全然違う。
秋刀魚が秋刀魚じゃなくなるとはどういう意味だ、と訳が分からないといった目で龍麻を見た皆守だが、思い当たることがあったのか納得する。
龍麻は以前、料理をするといって死人を出しかけた前科があったのだ。
何でも出来るように見える龍麻は、意外にも料理洗濯の家事全般が全く駄目だ。駄目というより、相性が悪いというのが正しいか。
「ラーメンでもいいな。昔は毎日のように食べさせられたし……秋は食欲の秋だよねぇ」
立てた膝の上で腕を組み、その上に顔を皆守の方に向けて乗せて、何かを訴えるような目で寝転んでいる皆守を見つめる。
何が言いたいんだという意味を込めた視線を龍麻に向けるが、答える素振りはなく、ただじっと皆守を見ている。
互いに見つめ合ったまま、時間が経つ。
「ッチ、行くぞ」
「……やっと動く気になった?」
先に根をあげたのはやはり皆守で。舌打ちをしながら立ちあがった。
それを見て、龍麻はしてやったりという顔を見せる。
「あぁ。寒いし腹減ったし、さっさと移動したいって言ってたんだろ?」
「正解」
「素直にそう言え」
「素直に言って、お前は聞いてくれるのか?」
「さぁな」
まだ座ったままの龍麻の目の前に手を差し出すと、躊躇いも様子もなく龍麻はその手を掴む。
触れ合ったのを感じた瞬間、龍麻の手をぎゅっと握って、力一杯引っ張る。
腕が引き抜かれるかと思うくらい強く引かれた龍麻は、勢いあまって皆守の胸に激突しそうになるのを、ギリギリで踏みとどまった。
頭上から鼻で笑う音がしたので、ワザとやったのだろう。
ギッと睨む龍麻を再び鼻で笑うと、風になびく黒髪に手を伸ばしてかき乱した。
いつもの仕返しだ、と言わんばかりにぐしゃぐしゃにしてやると、気が済んだ皆守はさっさと歩き始める。
乱された髪を手櫛で簡単になおしていると、屋上の入り口にたどりついた皆守が龍麻の名前を呼んだ。
扉を開けて待っている皆守。
また吹き始めた風に首を竦めると、龍麻は足早にそちらに向かった。
そして扉を通り抜ける瞬間、その胸を軽く握った手の甲で叩いて、にやりと笑う。
「全く……もう少し、勘が良くなきゃ困るよ。ここまで言わないと分からないなんてさ」
「お前とツーカーの仲になっても、嬉しくねぇよ」
「嬉しいくせに」
龍麻のその言葉と同時に、屋上の扉がバタンと大きな音を立てて閉じられる。
後に残ったのは、無人の屋上と枯葉を巻き込んだ秋の風。
秋はもうすぐ、終わろうとしていた。
ふと秋刀魚が食べたくなったのと、季節ものが書きたくなったのです。
今の季節は梅雨ですけどね。
昨日は雨降りでした。しとしとと降る感が何ともいえず、風情がありました。