白 衣 の



“白衣”というのは結構そそられるかもしれない。
普段ストイックな彼が着ていたら尚更。
濡れ羽色のサラサラとした髪が襟元を滑る、そんな些細な動きですら、色香を生み出すから不思議だ。




朝から頭痛が酷い。
生徒会の仕事を徹夜でやっていたから、寝不足による頭痛か。もしくは風邪か。
こんなことが役員の連中の耳に入ったら馬鹿にされるだろう。ならばなんとしてでも、放課後までには直しておきたい。
薬でも飲めば収まるだろうと、夷澤は教室よりも先に保健室へと足を運んだ。

「失礼します。頭痛の薬を……」
「夷澤か?残念だが、ルイリはいないぞ」

下さい、と続けようとした声は、予想外の声で遮られる。
戸口に立ったまま保健室の中を見れば、いつも保健医が座っている椅子には、シャツの上に白衣を着た男の姿。
左手に煙草、右手には図書室で借りたと思われる分厚い本。目にはノーフレームの眼鏡。
いつもと違う姿に、不覚だが心臓がばくばく鳴っている。顔が赤くなっていないかどうかと夷澤は心配になった。

「……って、龍麻サン。アンタ、何やってんスか」
「留守番だ」

吹っ飛びかけていた意識を取り戻し、つっかかるような喋りで夷澤は男に問い掛ける。
白衣の男――龍麻は、くすくすと笑うと手にしていた本をパタリと閉じた。少々乱暴な扱いで本を机に置くと、立ち上がり煙草を灰皿へと押し付ける。かけていた眼鏡を外し、片手で器用に折りたたむと白衣の胸ポケットに仕舞い込んだ。

「ルイリは職員会議だ。たまたま来た俺に、留守番を頼んでいったというわけだ」
「煙草……吸っていいんスか?」
「消しただろう?窓も開けてるし、それに……この保健室に限って言えば今更のような気もするが」

確かに、此処の保健医はいつも煙管を愛用している。今更咎めるのも変な話だし、目の前の龍麻に"未成年ですよ"と注意しても、素直に聞くような人ではないことは夷澤も十分分かっていた。

「……で、どうしたんだ?」
「あ、頭痛薬が欲しいんス」
「…………具合を聞いているんだけど」
「朝から頭が痛いんッスよ。昨日遅くまで仕事してたからだと思うんですケド」
「ふぅん」

足音もなく近付くと、龍麻は夷澤の額に手を当てる。縮まった距離に夷澤は反射的に後ずさりそうになるのだが、いつもより近くで見ることの出来る顔に目を奪われてしまった。
長い睫毛に縁取られた漆黒の瞳に、自分の姿が映っている。
それだけでどきどきと心臓が高鳴り、体温が上昇する。額に当てられた龍麻の手が、余計に冷たく感じてしまう。

「休んで行った方がいいんじゃないか?熱がある」
「……そうッスか。じゃあお言葉に甘えて」

簡単に体温を測り終えると、今度は薬品棚に向かい頭痛薬を取り出し始める。
白衣を着て指示を出す姿が様になっている。
龍麻が着るとなんでも似合うと思ってしまうのは、何故だろう。じっと見つめているのも失礼なので、休息を薦められた夷澤は大人しくベッドに向かった。

「奥のベッドは使用中だからな、手前を使え」

龍麻が、備え付けの水道で水を汲みながら言う。そのため夷澤の方に背を向けた形になるが、龍麻がそう告げた途端、夷澤の気がムスッとしたものになる。

「誰がいるんスか?」

聞かなくても分かるような気がするのだが、思わず聞いてしまう。
苦笑いを浮かべながら、水の入ったコップと薬を夷澤に差し出した。
礼を述べてから夷澤が受け取ると、龍麻は空いた人差し指を口元に運ぶ。そして、とても小さな声で告げた。

「俺が此処にいるんだ、一人しかいないだろう?」

ハッキリ言って不本意だが、その一人が誰なのか直に思い当たってしまう。
いつもいつも龍麻の隣の位置を占領する先輩、皆守甲太郎。
何故だか分からないが、夷澤は皆守が大嫌いだった。

「………………また一緒なんスか」
「甘えたがりなもんで。可愛いだろう?」
「全然ッス」

いつも周りに居られてウザくなったりしないのだろうか、と不思議に思う。
意外と独占欲の強いらしい皆守は、龍麻が愛想を振り撒く度に不機嫌になる。
夷澤からすれば、なんて手の掛かる面倒な人なんだろうと思うのだが、龍麻は気にした様子もなく彼を隣に置いている。

それに、こうやって皆守のことを語る龍麻の表情は、ひどく穏やかで優しく、そして嬉しそうなのだ。
いつも自分や他の仲間たちに見せるものよりも、もっと優しい綺麗な表情。

それが、夷澤の皆守嫌いを更に増長させているのだが、夷澤は気付いていなかった。
手渡された錠剤を水でグッと飲み込むと、コップを龍麻に返す。コップを受け取ると、それを始めに龍麻が座っていたデスクの上に置いて、再び夷澤のベッドに戻った。
眠りにつくため、かけていた眼鏡を外して枕の脇に置く。それを見た龍麻が、珍しいものでも見るかのようにじろじろと夷澤の顔を見る。

「眼鏡を取ると、印象変わるもんだな」
「あんま見ないで下さいよ」

見つめられているのが気恥ずかしくて、夷澤は頬を赤く染めながら勢いよく布団に潜り込んだ。

「恥ずかしがっちゃって、可愛いな」
「……ッな!?」

からかう龍麻の声に反応して、今度は勢いよく布団から起き上がる。
激しい動きは振動となり、鈍痛を与え続ける頭にさらに痛みを与える。ズキズキとした痛みはさらに増したような気がするし、変に動くんじゃなかったと後悔するが、すでに遅い。
ベッドの上に座った状態で、米神を指で押えて痛みが通りすぎるのを待つ。

「ほらほら、暴れない暴れない」
「!」

俯いて痛みをこらえてる姿に、龍麻がやれやれとため息を洩らす。
眼鏡が取り払われた目を覆うようにして手を当てると、空いた手で夷澤の後頭部を支える。そして、目に当てた手に力を込めて後ろに倒した。
意外なことに、夷澤は抵抗を見せなかった。否、正確には驚いて抵抗するのを忘れたのだ。

頭を支えた手の甲に枕の感触を感じると、その手をそっと抜く。けれども、夷澤の目を覆った手はそのまま置かれている。

「大人しく目を閉じろ」

すぐに眠れるから、と労わりを込めた声で龍麻が囁く。
さっき渡した薬の注意書きに、睡眠を促がすので注意と書かれていた。
目を閉じていれば、自然と眠りに落ちるだろう。
邪険に払われるかと思ったが、龍麻の手は拒絶されることなく受け入れられる。

「…………手」

ぽつん、消え入るような声で呟かれる言葉。
その声は少し眠たそうだ。

「ん?」
「手、冷たいッスね」
「そうか?」

褒められたわけではないが、夷澤の言葉が嬉しい。いつも突っ掛かってくる後輩が、こうして大人しくされるままになっている。犬を手懐けた気分だ。夷澤は猫というよりも、犬っぽい。
返事が返ることはなく、後は穏やかな寝息が聞こえる。
仕事のやり過ぎで疲れているのだろう。あのアクの強い役員メンバーならば、その疲労はなおさらだ。

生徒会の仕事をこなしながら、自分が強くなるための努力を惜しまない夷澤を見ると、応援したくなる。蹴ってみたくなることも、少々。

せめて今は、ゆっくり休息して欲しいと思う。
夷澤がすっかり眠りに落ちてしまっても、龍麻はしばらく夷澤の目に手を当てていた。




なぜ夷澤オチ……?と思わせといて、実は続きがあったり。
早めにおまけをupしますので、しばしお待ちを。