危 険 人 物 取 り 扱 い



「こんにちは、ルイリ。今日も、愛猫の迎えに来ました」
「あぁ、緋勇か。……君の愛猫は、ほら、そこのベッドだ」

瑞麗は咥えていた煙管を離し、それで部屋の最奥にあるベッドを指す。
示された先を見れば、一つだけ使われているベッド。
カーテンで仕切られたそこは、龍麻が迎えに来た愛猫のお気に入りの昼寝スポットだった。

「ありがとうございます」
「気にするな。最近は、こうやってキチンと飼い主が迎えにくるから助かっている」
「それは何より」

にこりと笑って御礼を言うと、瑞麗も笑って答える。
皆守を猫に、龍麻を飼い主に。そういう風にからかうと、いつも皆守の眉間には一本の皺が出る。
この学校の他の人間なら、皆守の機嫌を下げるなんて、そんな恐ろしいこと出来るわけがない!と言いそうだ。しかし、龍麻と瑞麗に言わせると、これほど面白いことはないらしい。

今も、きっとカーテンの奥で皆守は怒っているだろう。
龍麻が保健室に着た時、すでに起きていたことは気配で二人ともわかっていた。
本当は今すぐにでも文句を言いたいのだろうが、上手くタイミングが掴めずに起きれないでいるのだ。

そろそろ行かないと、本気でいじけるな……と思った龍麻は瑞麗に会釈をすると、皆守が眠っているベッドの方へ向かった。




「皆守、いい加減起きろ」

カーテンを開けると同時に声をかける。
カーテンで仕切られた空間に体を滑り込ませると、後ろ手でキチンと閉める。
そして、人型に膨れ上がった布団に手をかけると軽く揺らした。

「…………」
「起きてるのは分かってるんだ。寝たふりはよせ」

体を揺すっても起き上がる気配をみせないので、今度は枕に顔を埋めている猫の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
何か唸っているのだが、その言葉は枕に吸い込まれて龍麻の耳まで届かない。

「なに?」

聞き取ろうと顔を近づけると、皆守は枕に埋められていた顔を龍麻の方に向ける。
近付いていたことに気付いていなかったらしく、予想以上に至近距離にある顔にビックリしている。
しばらく驚いて反応が出来なかったが、にっこりと笑っている龍麻を確認すると、すぐに睨み付けて脅すような低い声で言う。

「…………人を猫扱いするな」
「気に入らなかったのか?」
「…………」
「猫の方がもっと愛想がある気がするけどね」

龍麻は皆守の頬に手を伸ばすと、うにっと肉をつまむ。
柔らかい頬をつまんで軽く伸ばすと、怒った皆守がその手を叩き落とす。
睨み付けられても、龍麻は絶世の笑顔で返した。

愛猫・皆守をかまって遊ぶのが、最近の龍麻のお気に入りだ。
皆守がイライラしながら返す反応すら、お気に入りだ。苛ついていながらも、龍麻が側にいることを拒まない。最近では、側にいないほうが落ち付かないらしい。

「拗ねるな」
「拗ねてねぇ」
「嘘だね」
「拗ねてねぇ」
「……なら、そういう事にしといてあげる」
「オイ」

横になったままの皆守の顔の高さに合わせていた龍麻は、立ちあがって布団を剥がした。
暖めた熱が一気に奪われ、嫌でも起きなければならない状態に追い込まれる。

「ほら、帰るぞ。わざわざ迎えにきてあげたんだ。さくさく動け」
「…………ッチ」

しぶしぶと皆守が、上半身だけ起き上がる。
まだ眠そうな顔をしている皆守を覚醒させるために、驚かせてやろうと龍麻はあることを思い付いた。
癖のある髪を持ち上げて額を出させて、そこに顔を近付けて唇で触れる。

「―――――!!??なッ」
「目が覚めたか?皆守」

軽く触れられるだけのキスだったが、龍麻が軽々しくそういうことをするタイプには見えない。
転校してからの付き合いだが、むやみに他人に接触するような所もなかったし、男女構わず手を出すわけでもない。むしろそういう事を避けていた。
極自然に、相手に気付かれないようにして他人と距離を取っていた。

そんな龍麻が。皆守はさっき以上に驚いていた。絶句して、言葉も出ない。
止まった皆守を見て、なんならもう一回してあげるよ?と人差し指を自らの口に当てて問いかける。
見目麗しい龍麻が、上目遣いでそんな事をすれば可愛いのだが。
普段のストイックな彼からは、想像もつかないことの連続に皆守の頭はついていけないようだ。

「おはよう?」

反応がない皆守を見た龍麻は、ちゅっと軽い音を立てて、もう一度額にキスをした。



カーテンの奥から聞こえるのは、完全にキレた皆守の怒声と龍麻が可笑しそうに笑う声。

「ふふふっ、何をされたのかねぇ……」

書類にサインをしながら、瑞麗は笑い声を押し殺していた。





愚図る皆守を連れて、龍麻は保健室を去って行った。
もちろん、残っている瑞麗にキチンと挨拶をして。隣に立っていた皆守は、納得がいかないという顔をしていた。
それでも、「帰ろう」と言われて龍麻と視線を交わした時の瞳は、穏やかで暖かい光が宿っていた。

「……彼の手にかかると、どんな人間でも癒されてしまうな。特に、皆守のようなタイプが得意らしい」

見た目は良いが、近寄りにくい雰囲気と冷たい瞳を持つ同僚の姿を思い出す。
その同僚も龍麻の前では過保護になり、嫉妬のオーラが全開になるらしい。

龍麻がココにいると知ったら、確実に訪れるだろう。
その時、あの猫と一緒にいる龍麻を見たらどういう反応をするか。また、あの猫はどういう行動にでるか。
想像すると楽しい。普段からは予想もつかないことをしてくれそうだ。

瑞麗は煙管を吹かしながら、早くその時が来ないかと楽しみに待っていた。




龍麻、男を振り回す本性を現すの図。
危険物取扱免許を持っていると、よく「危険人物取扱免許」と言われる。
そんなわけで、龍麻は「危険人物取扱」のプロです。師匠級です。マスタークラスです。
そのうち阿門も喪部も手なづけます(笑)