黒 と の 遊 技 場 の 上 に 降 り 立 っ た 黄 金 の 王



『今回の《転校生》の監視を、お前に任せる』

珍しく生徒会室に呼び出されたと思ったら、これまた珍しく命令を下された。
部屋に入った途端に言われたので、呆気にとられて直に反応を返せなかった。呼び出された理由が、近々来ると噂されている《転校生》のことだとは、なんとなく想像はついた。しかし、その面倒を言いつけられるとは思っていなかったのだ。
部屋の中央に置かれたソファーに座り、ラヴェンダーの香りのするアロマに火をつける。そうして、気分を少し落ち着かせて、動揺を気取られないように言葉を発する。

『……珍しいな、俺に回すなんざ』

ふぅ、と吐き出された煙の流れる先を見つめ、それから阿門の方へ視線を移した。
生徒会室の主は、無言のまま返事を返さず窓の外を眺めている。こちらに背を向けた状態から微動だにしない。
今まで名ばかりの《副会長》であった自分に、《転校生》の監視などという重要な仕事を回すなどと正気の沙汰とは思えない。実際、今まで来ていた《転校生》の監視は他のメンバーが行っていた。それなのに、今回は自分に任せるというのだ、この《生徒会長》は。

『……まぁいいさ。適当に見張っててやるよ』

このまま黙って待っていたところで、その理由を教えてくれる気配はなさそうだ。ならば適当に了承して、さっさと部屋に帰ったほうがいい。明日も一応授業があるのだから。

『これが、《転校生》の資料だ』

皆守の了承を待っていたかのように、阿門は振り返って机の引出しから何かを取り出した。少々乱暴に、重厚な机の上へ書類サイズの茶封筒が置かれた。はぁ、と盛大なため息をつきながらソファーから立ちあがり、茶封筒から書類を取り出す。

『緋勇、龍麻。男、……女か?』
『男だ』

名前から察するに男のものだと思われるが、証明写真に映る姿は、女と見間違えるほど綺麗な顔をしていた。阿門に言われて性別の欄を確かめると、゛男゛と書かれていた。

『随分とまぁ……綺麗な顔した奴だな。監視する程の相手なのか?コイツは』

優男風、といえばいいのか。特に問題行動を起こすようなタイプには見えない。女性関係(もしくは男性関係)でいえば、色々と問題を起こしても可笑しくはなさそうだが。

『この時期に転校してくるというだけでも、裏があるとは思わんか?』
『……まぁな。その可能性は否定はできない』

卒業まで半年を切っている。わざわざ転校するほど、何か理由があるのだろう。
おそらく、この學園にある《墓》を目的とした――――
ざっと書類に目を通し、机の上にほおり投げる。
バサッという音と共に、何枚かに及んでいた書類は机の上を滑って散らばった。

『いつ来るんだ?』
『9月21日』
『了解したぜ。適当に見張っててやるよ。期待はすんな』
『……任せる』

そう言って、阿門は椅子に座った。重厚な机に肘を付き、散らばった書類に目を通している。
もう用は済んだらしい。それならば、長々とこの部屋にいる理由もないので、さっさと《生徒会室》を後にした。

《墓》が目的で来た《転校生》だとしても――――
おそらく、自分が手を下すことなく消えさることになるだろう。
自分には何の影響もなく、気付いたらいなくなっていた。その程度で今回も終わるだろうから。
たまに仕事をやるのも、別に構わないだろう……と思った。



「ここが屋上ッ。風が気持ちいいでしょ?」

給水塔にもたれて夢と現をさ迷っていた所に、場違いなほどに明るい声が其れを邪魔した。その声の主はクラスメイトの八千穂明日香。クラスでも浮いた存在である自分にも、変わらぬ態度で接してくる物好きな奴だ。
どうやら、誰かを案内しているらしい。目を閉じたまま、その様子を耳で窺うことにする。この学校を案内する必要がある人物がいるとしたら、今日来るという《転校生》以外は考えられない。こちらから接触する前に、様子見するにはいい機会だった。

「気持ちいいね。それに、眺めもいい」

耳障りのいい落ち着いた声。
思わず目を開けて、その声の主を見た。彼はこちらに背を向けて立ち、八千穂と《墓》のある方向を眺めている。
線が細く、全体的に華奢。学生服を着ていてもそう感じさせた。風に流れる髪はサラサラと艶を放ち、真っ黒である。時折、横を向いて八千穂の話に相槌を打つ。長めの前髪から覗く横顔のラインは、まさに完璧というべきか。真っ黒の髪が、それとは対照的の真っ白な肌を際立たせていた。
こいつが《転校生》ねぇ。
率直な感想だった。とても戦闘に向いているようには見えない。これなら注意して監視しなくても、警告をしておくだけで大丈夫そうだ。

「ふァ〜あ、うるせェな……」

《転校生》と八千穂の会話に、丁度一区切りがついた所を見計らって声をかける。

「あッ、皆守クン!!」

こちらの存在に始めて気付いた八千穂が、驚いたように振り向いた。それに遅れて、彼女の隣に立っている《転校生》がゆっくりと振り返る。驚いた様子は感じられず、最初から皆守の存在に気付いていたようだ。
振り返った彼は、真っ直ぐに皆守を見つめた。自分を見つめる瞳は、闇の色。その瞳は、距離を置いて立っているというのに、それを感じさせないほどに強く惹きつける。全てを見通し、超越したような雰囲気を感じさせる。
相手もこちらを探っているようで、その顔に特別表情はない。
初対面の相手には警戒する、普通の反応だ。睨み返すようなことはせず、好きにさせていた。

「朝からずっと、ここにいたの?」
「まァな。非生産的で無意味な授業を体験するぐらいなら、夢という安息を生産する時間を過ごした方がマシだからな」

軽く掛け声をかけて起きあがり、《転校生》を真正面から見据える。

「お前もそう思うだろ?転校生」

八千穂と会話しているのを静かに眺め、未だ皆守の様子を探っている相手に話の矛先を振った。
無言で見つめる顔には、これといった表情が浮かんでいない。
人形のように整った顔立ちでそうしていると、不気味さと恐怖感を感じる。
すると、次の瞬間。相手は、にこりと笑った。

「そうだね」

一瞬で、先ほどまでの冷たい雰囲気が消え去る。笑顔を浮かべた彼は、まさに゛花のよう゛に微笑んでいた。思わず見惚れてしまうほど、綺麗に笑う《転校生》に言葉を失う。
そこにいるだけでその場の雰囲気を自在に変えてしまう、そんな能力を持った奴。
これは、今までの《転校生》とは別格かもしれない、そんな予感を感じていた。

それから、八千穂に喫煙について咎められたので、「これはアロマだ」と言って追求を交わす。人の事情に首を突っ込んでくるコイツも、俺にとっては十分要注意人物に該当するんだけどな。
好奇心旺盛な所があるので、その矛先がいつ《墓》に向かうか分からない。卒業まで残り僅かなのだから、このまま部活にでも興味の対象が向いていればいい。
――――《墓守》も、これ以上の罪を犯さずにすむ。


「お前が楽しい學園生活を送りたいなら、ひとつだけ忠告しておく――――。《生徒会》の連中には目をつけられない事だ。いいな?」


去り際に一番言っておかなければならない事を伝える。
この學園での鉄則ともいうべき言葉だ。特に《転校生》には、一番言っておかなければならない事だ。

「……分かった。教えてくれてありがとう、皆守君」

綺麗な笑顔を浮かべて答えた。一度見ているので最初の時ほど驚きはしなかったが、やはりその美しさに見惚れてしまう為、すぐに反応を返せない。 らしくない自分の反応に、知らず知らず舌打ちをしていた。
踵を返し、扉に向かった。背後で八千穂が何かを言っていたが、皆守の耳には全く届いていなかった。



「あれが、緋勇龍麻……」

屋上へと続く階段を降り、皆守は呟いた。
写真で見た印象と実物では、こんなにも違うものなのか。
コイツは今までの《転校生》よりも、数段厄介な相手だろう。見た目に騙されていたが、放つ雰囲気が圧倒的に違う。相手に与える印象も、くるくると変化するため掴み所がない。
そして、去り際に見せたあの視線。
冷たく、底の見えない《強さ》を秘めた視線。背筋にぞわりとした恐怖を感じた。
それだけではない。この存在に逆らってはいけない、と身体に眠る本能が告げていた。圧倒的な力と、魅了されずにはいられない雰囲気と容姿。今まで会った人間とは、確実に別物だと感じさせる。
今更だが、阿門の命令に了承したことを皆守は後悔していた。

「なんだか、面倒なことになってきたぜ……」

皆守の独り言は、昼休みで騒がしくなってきた廊下の喧騒に紛れて消えた。



黄龍の妖艶さにノックアウト!な皆守を書きたかったのですが、見事撃沈……