|
こ れ ま で の 終 わ り 、 こ れ か ら の 始 ま り
水が落ちる音が響く。
地上の暑さを全く感じさせない、ひんやりとした空間だ。
《ヘラクレイオンの神殿》と思われるこの遺跡が、葉佩九龍に降された初任務だった。
九龍が、案内人サラーと潜って数時間。
特に大きな問題もなく、遺跡の最奥まで進んだ。《秘宝・イシスの碑文》を手に入れると、振動と共に九龍の持つH.A.N.Tが警告音を発し始め、墓守が現れる。
巨大な犬とそれに跨るミイラ。
化け物を凝視して固まっているサラーを庇いながら、それでも敵から視線を反らさずに、近くの柱に身を隠した。
「ここから動かないで下さい」
頭を縦に振って了承を示すサラー。恐怖から震えているかと思ったが、案内人をやっているだけあって、こういう事態は慣れているようだ。
逆に、気を付けろと注意されて、九龍は苦笑する。
銃の弾装を確認しガスHGの残り数を確認して、いつでも飛び出せるように体勢を整える。
「だいじょーぶです、大船に乗った気で待っていて下さい」
言い終わったと同時に、九龍は柱から飛び出す。
出てきた九龍に気付き、襲いかかろうと犬が迫ってくる。
射程距離に入った敵にガスHGを投げつけ、怯んだ隙にマシンガンで顔を撃つ。敵の攻撃を交わしながら、なるべく近付けさせないようにして攻撃を続けた。
弾装が空になる寸前で、犬に乗ったミイラは消滅した。
敵が完全に消えたことを確認すると、九龍は柱の陰に残したサラーの方へ歩み寄る。
サラーの顔には化け物を目にした時とは、違う驚きの表情が浮かんでいる。
「……お前さん、随分と手馴れておるな」
「へ?」
「新米と言っていたが、戦闘になると人が変わったように動く。とても新米とは思えん」
「…………新米ですよー?俺。さぁ、行きましょ」
さっきの戦闘で見せていた鋭い刃のような雰囲気を一切感じさせず、九龍はへらへらと笑っている。そんな彼を、まだ疑っているのを隠さないままでサラーは見つめていたが、別にここで問いただすことでもないかと思い直す。
「そうじゃな。脱出するか」
唸るエンジン音が響く機内。
遺跡で感じた不気味な冷たさでも、気を失う前にいた暑い砂漠とも違う、人工的に冷やされた空間だ。その空間が、九龍は結構好きだった。
腕に付けられた点滴のせいで、ちょっと動きづらい。
さっさと抜いてくれないかなぁと思って、看護師の方を見たが、駄目ですと一蹴された。
冷房の効いた部屋は好きだけど、この看護師は苦手なタイプだ。
喋っていても、バッサリと返されるので間が持たない。この気まずい空間をどうやって持たせようか悩んでいると、H.A.N.Tからの電子音。
ナイスタイミング!……と張りきって開くと、次の任務地を知らせるメールの受信だった。
そして、医師から渡された書類に必要事項を記入して手渡す。
太った医師はその書類を看護師に渡し、それを持って奥に引っ込んだ。
姿が見えなくなって安心したのか、無意識でため息をついていた。
九龍の様子を見て、医師は面白そうに笑う。ふぉふぉふぉ、と笑う声が随分変わっている。
じっとしているのは暇だ。暇だ暇だと思っていると、今度は腕についた点滴の針が気になって、その腕を振ったり弄ったりして時間を潰していた。
「葉佩、九龍。くろう、クロウ……そういえば、そんな名前のハンターがいたのぅ」
ぼそぼそと呟く医師の言葉に、九龍は動きを止める。
じゃれる猫のように点滴を打たれた腕と格闘していた動きを止め、九龍の纏う雰囲気は急速に殺気を含み始める。
それに気付いているのかいないのか、医師は飄々とした態度を崩さなかった。
「コードネーム《烏(クロウ)》、確かそんな名前だったかな」
「…………………アンタ」
「ふぉふぉふぉ、世の中は広いようでいて狭いものだよ」
「………………」
今にも射殺さんという視線も、さらりと交わすような笑顔で医師は、ふぉふぉふぉと笑う。
「《協会》が誇る鳥に育てられ、その戦闘技術は……」
「それ以上無駄口を叩きやがったら、この機体ごと落とすぞ」
いつでも攻撃できるように、自分を繋ぐ点滴の針を乱暴に抜いた。ベッドの上に足を伸ばして座った状態の九龍だったが、その気になればその体勢からでも優位に立つことは容易い。相手は、《協会》に所属しているとはいえ、ただの医師だ。
明らかに自分の方が、優勢。
眉を顰めてその行動を見ていた医師は慌てることもなく、両手を挙げて攻撃する意思がないことを伝える。
それでも警戒を解こうとしない九龍を見て、やれやれと困ったようなため息をつく。
「……お前さんにとって、彼らは語りたくない存在なのかね?」
まさか、こんな所で”彼ら”を知る人間に会うとは思っていなかった。
この《協会》の中で”彼ら”を良く思っている人間は少なく、ムカツクことをいう輩も多い。
それでも、九龍にとっては最高の”親”であり”師匠”なのだ。
「違う。”語られたくない”だけだ。他人に」
「所詮は誰も他人だ。考え方も異なる。彼らを悪く言う輩が多いが、わしにとっては可愛い患者だった。少々、悪戯が過ぎることが多かったがな」
看護師が戻ってきたので、医師は会話を中断させて何事もなかったかのように、彼女に指示を出して始める。
初めて”彼ら”を否定しない言葉を聞いた九龍は、しばし茫然と医師を見ていた。
ハッと意識を取り戻すと、髪の中に手を突っ込んで、ぐしゃぐしゃとかき乱す。
苛立った気持ちを表すように、乱暴にベッドへ倒れ込む。両腕で顔を覆い、沸き起こった怒りを鎮める。
久しぶりに”彼ら”のことを思い出していた。
懐かしく、楽しく、充実していたあの日。もう二度と、取り戻せない過去。
取り戻したいわけではないけれど、一生忘れることのない大切な過去。
少しセンチメンタルな気分になっていたら、点滴を抜いたのがバレて、あのキツイ目をした看護師にめちゃくちゃ怒られた。
空港に着陸すると、《協会》の日本支部から迎えの車が待っていた。
運転席に乗っていた黒スーツの男が、後部座席のドアを開けて立っている。
一瞬でその男の顔を確認すると、九龍は流れるような動きでその車に乗り込んだ。
運転をしているスーツの男は、転校する日まで都内のホテルにいることと、しばらくそこで、高校の授業や日本の習慣を学ぶように、という今後の予定を淡々と話す。
自分もないが、この男も随分と愛想がない。
それに、これから毎日ホテルで勉強漬けとは考えるだけで飽きそうだ。軟禁ですか?と聞きたくなる。
今さら高校レベルの勉強をしなければならないほど、頭は悪くないつもりだ。……日本の常識はないかもしれないけれど。
恐らく、出歩かれて問題でも起こされると困るといったところか。
喧嘩を売られて素人相手に本気になるわけがないのに。
仕方がないので、大人しくホテルに篭っていてやることにする。砂漠から直で連れてこられたので、まだ体も本調子ではない。今夜は久しぶりに柔らかいベッドで眠れるだろう。
窓から流れる景色に目を移す。けれど、懐かしいとは思わなかった。
日本にいたのは5歳の時までだから、それも当たり前か。
窓の外から視線を外し、九龍は自分の両手を見る。そして、見つめていた手を何度か閉じたり開いたりを繰り返すと、大きく息を吐き出した。
《宝探し屋》としての、新たな幕が開く。
さぁ、今度の遺跡は何を俺に見せてくれるのか。
沸き起こる好奇心と期待に、九龍は運転席にいる男に聞こえない声で笑った。
目指せ、ゲーム沿い。
天香學園に行く直前までで、この後に「君に興味あり」が続いて1st途中まで終わり……ということで(汗)
なんというか、皆守との絡みがないよ!?
つ、次こそは……ッ