国 語 の 補 習 授 業



「心頭滅却すれば火もまた涼し」
「なんだよ、そりゃ」
「杜旬鶴の七言絶句」
「……お前、国語ダメなんじゃなかったのか?」
「今日の雛ちゃんの授業、漢詩だった」

唐突に喋った九龍の顔を唖然としながら眺める。
そんな皆守の事など気にも止めず、九龍はカレー(今日は甘口)を口にする。
続きがあるのだろうかとしばらく九龍を見つめていた皆守だが、その話題はそれで終わりのようで九龍は食事に夢中だ。
ため息をついて、皆守も目の前のカレー(今日も辛口)を食べ始めた。



マミーズにて、皆守と九龍はカレーを食べていた。昼食の時間としては、まだ早い。
店内を見回しても、客の姿は二人を入れて五、六人しかいない。本来ならまだ授業中だ。
昼食の時間になると、マミーズは生徒と教師で一杯になる。
人ごみが苦手な皆守は、大抵時間をずらしてここに来ている。九龍はといえば、一人よりは二人の方が食事も楽しいじゃん、という考えから皆守についてここに来る。
そして、毎回といっていいほど二人はカレーを注文して、舞草に「仲が良いですね」と言われているのだ。

「なーんか、甲の影響でカレーばっか食べてる気がする」
「ほぅ、いい傾向じゃないか」
「どこがだ。栄養が偏って倒れちゃったらどうすんのさ」
「今更だろ。お前の場合は、睡眠不足が原因で倒れる確率の方が高いと思うぜ?しばらく《夜遊び》は控えた方がいいんじゃないか?」

皆守の言葉は間違っていない。
むしろ当たっている。毎夜毎夜の《夜遊び》で、睡眠時間が削られているのは確かだ。その不足分を、授業中やサボりでの昼寝で補っているのが現状だ。
事実なだけに、上手く言い返せないのが悔しい。

「うーん……その辺はあれだ。心頭滅却すれば何とやらってね!」

ぽん、と頭に思い付いた事を言ってみる。せっかく習った事なのだから、早速応用してみようと思ってのことだった。
九龍の言葉に、皆守は呆れたような顔をしている。動いていたスプーンも、動きを止める。

「…………使い方間違ってるぞ」
「へ?」

九龍の特徴的な灰色の瞳がまんまるに見開かれる。水を飲もうとしていた手が、口に届く前で止まっていた。

「お前は授業に出ても、内容が頭に入ってないんだろ」
「し、失礼なッ、甲!国語以外ならバッチシだ!」

ダン、と音を立ててコップが机に置かれ、衝撃で中に入っていた水が零れる。
間違いを指摘されて、頬を赤くして怒る姿が、可愛らしい。これで同い年かよ、と思うと笑えてくる。
可笑しくて笑いが堪えられなくなった皆守は、口元を押え、声を殺して笑った。
皆守のその行動が気に障った九龍は、無視してやけ食いを始める。
そんな子供みたいな九龍の行動は、皆守を余計に笑わせるだけなのだが、本人は気付いていない。



チャイムの音が聞こえ、授業の終わりを知らせる。
マミーズを出た皆守と九龍は、とりあえず校舎に向かって歩いていた。
食べ過ぎたー、とぼやく九龍を見て、先ほどの九龍を思い出した皆守はまた笑いが込み上げてきた。

「……甲ちゃん、思い出し笑いはすごーくエロいぞ」
「なんだそりゃ」

じとり、と半目で九龍は皆守を睨む。
皆守の思い出し笑いの原因が、さきほどの自分の行動だと分かっているらしい。本人も、思い出すと恥ずかしいようで、ほんのりと頬が赤くなっているのだが、その目は睨むのを忘れていない。
しかし今の皆守には、九龍がどんな顔をしていても面白いらしく、九龍の頭をくしゃりと撫でた。その顔は、面白くてしょうがない、といった笑みが貼り付いている。
この手を振り払ってもいいのだが、それはそれで皆守が面白がるだけだと思って、そのまま大人しくなでられている。

それに。
皆守に撫でられるのは、嫌いじゃない。
むしろ、嬉しいような気がするのだ。

そんな矛盾した思いが沸き起こり、九龍の頭の中は皆守の手を退かすべきか否かで一杯だ。
むー、と唸るような声が無意識に出ていたらしい。
皆守がぽんぽんと軽く頭を叩き、九龍の意識を自分に向ける。

「さて、屋上で昼寝でもするか」
「どうぞ、ご勝手に。俺はどっかの誰かサンと違って真面目なんで、出席させてイタダキマス」
「どうせ教室でも寝てんだから、付き合えよ」

昼休みが始まって早々、校庭でサッカーをしている男子生徒たちが目に入る。この寒いのに元気な事だ、と思いながらも邪魔にならないようにグラウンドの隅の方を並んで歩く。

「サボるなら一人でサボれー」
「……文句言いつつ、結局付き合ってるじゃねぇか。お前」
「…………む。」

マミーズへと昼食をとりに向かう生徒たちとすれ違う。
今日も大繁盛で奈々子ちゃんは喜ぶだろうなぁ、と思いながら九龍は欠伸をする。
食欲が満たされ、昼寝の準備オッケーな状態になっている。
皆守を見ると、彼も眠気がきたのか丁度欠伸をしている所だった。

「甲はホント、『春眠暁を覚えず』だよね」
「あ?」
「ま、春に限ったことじゃないけどさ」

今は冬だし。
そうだ。冬の屋上は寒いから、保健室から毛布でもパクってこようか?

そう言って見上げると、皆守は笑いながら「保健医の仕置きが怖くなかったら、行ってこい」と答えた。
頭を撫でていた皆守の手は、未だに九龍の頭の上だ。
ときどき髪を梳く手が、気持ち良い。

「冷たーい。一蓮托生、一緒に行こうよ」
「誰が行くか……つーか、やけに今日は難しい言葉使ってんな」
「へへへー。昨日、雛ちゃんの補習だったからね」

カウンセラー兼保健医の彼女を怒らせるのは非常に怖いので、毛布は諦めることにした。
彼女に追求されても、自分一人で誤魔化せる自信はない。皆守がいれば、何とかフォローしてくれるのでは?と期待していたのだが、却下されてしまった。

「やっちーか雛ちゃんに見つからないといいけど」
「…………確かに、それは面倒だな。さっさと行くぞ、九龍」

寒い中の屋上で昼寝は辛いのだが……しかたないので、皆守に引っ付いて暖をとろう、と考える九龍であった。