毒に触れる
甘美な毒。
飲めば死に至る危険なモノだけれど、香りは甘く、人の心を誘う。
躊躇すればするほど、それは次々と姿を変え、美しき触手を伸ばして誘うのだ。
まさに彼。
口から零れる甘い囁きと、人を惹き付ける美貌。
豊富な話題と親しみやすい性格。万人に好かれる、それ。
垣間見える謎めいた部分すらも、彼の魅力のプラスになる。
けれど、その本質は。強欲かつ強引。狙った獲物は逃がさない、しつこさ。
欲しいものは必ず手中に収める、そんな《宝探し屋》。
「おはよう、葉佩君」
「おはよ」
「よー、葉佩! 今日は遅刻しなかったな」
「偶にはちゃんと来るよ、俺だって」
「明日は雨かもな」
「ありえる」
「そこ、不吉な事言ってんじゃねぇ!」
彼、葉佩九龍が遅刻をせずに来ることは珍しい。転校初日は真面目に登校したものの、それ以降はほぼ毎日昼時に登校してくる。
それなのに何も言われないのは、彼の世渡りの上手さ故だろう。
成績さえよければ、教師は特に咎めないのだ。特にこの天香學園の教師たちは、《生徒会》に従うだけの存在。《生徒会》が何も言わないのだから、罰を下す必要がないのだろうと考え、九龍は今も遅刻常習犯として過ごしている。
一部の生徒から、色々と因縁をつけられていたようだった。
一体何をしたのか、ある時期を境にぱったりとなくなった。
親しく話しかけてくるクラスメイトの一人一人に丁寧に答え、九龍が自分の席に着いたのは、教室に入ってから4分後。
「ふふふっ……相変わらず人気者なのね」
艶めいた微笑と共に、赤い女が笑う。
豊満な肉体を支えるように、机に手をかける。
整えられた爪は赤く塗られ、彼女が動くたびに甘い花の香りが漂う。
「まぁね。俺ってモテるから」
流し目で見つめる双樹は、男なら誰でもうっとりするくらい魅力的だ。
それを平然と返し、逆に誘うような目線で九龍は流した。
ゆるりと吊りあがった唇。さきほどまでクラスメイトたちに見せていた笑顔とは違い、もっと魅惑的で危険なものだ。
机にかけられていた手が、わざとゆっくりとした動きで双樹の口元に運ばれる。
考えるような、その仕草。
「昨日も女性から想いを告げられたとか」
「もう知ってるんだ。結構しつこい子で、苦労したぜ」
「モテ過ぎるのも、大変ね」
その時のことを思い出したのか、眉根を寄せて渋い顔をする。
思わず出た九龍の本音に、双樹はクスクス笑う。
普段は、人に対して悪評を口にしない(特に女性の場合。皆守は例外)九龍だったが、今回ばかりは言ってやりたいほどの何かがあったようだ。
がしがしと頭をかいていた九龍が、前髪を引っ張って自分で見ようとしたが、短いのでできない。
はぁ、と疲れたような溜息をつくと、肘をつき、その手に顔を乗せた。
「珍しいんじゃない?この髪と目の色が。あんまり珍獣扱いされるの嫌いなんだけど……」
心底うんざりしている、という色を隠さない瞳が双樹に向けられる。
隠しきれない殺気が九龍の体から滲み出て、それを感じ取った双樹の体は、縛りつけられたように動かなくなった。
「セイトカイチョー様にも言っといてよ。様子見なんてメンドイことしてないで、さっさと出てこいって」
瞳には好戦的な光が宿っていた。剥き出しの刃のように、危険な存在だと本能が告げる。
どくどくと鼓動が激しくなるのが分かった。目の前の存在を警戒し、恐怖を感じているのだ。
いつもよりゆっくり呼吸をして、硬直する自分の体を落ち着かせる。
「…………、貴方は怖いもの知らずね。命知らず、とも言うかしら?」
「俺、とことん攻めるタイプなの」
「まぁ、恐い」
「スリルが好きなんだよ。ギリギリでやる駆け引きが、得に」
くすくす、と笑い出す九龍。
白い肌と赤いネイルのコントラストが色っぽい手を腰に添えて。
反対の手で、顔にかかった髪を払いのけると、双樹は少し悲しそうな声で言った。
「貴方に求められる人は大変そうね。普通の人では、壊されてしまうわ」
「……だから、至高の人を求めるんだよ」
それは彼のこと? と尋ねようとした双樹の声は、授業開始のチャイムと同時に入ってきた教師の声で遮断された。
***
朝、登校直後の教室で。
A組は生徒会メンバーの宝庫です。
そんな中、九龍は3A所属でございます。
朝からこんな会話していたら疲れますよ、きっと。
2005,10,15