虚像と現実の狭間で
20.クリスマス ―― 2005.12.22



「1、2、3……」

白いシーツの上、保健室特有の柔らかくないベッドの上で胡座をかいて。
足の上で開いたH.A.N.Tの液晶画面を見ながら、九龍が指を折って数を数えている。
隣のベッドで寝ていた皆守は、その声で目が覚めてしまい、恨めしそうに九龍を睨みながら起き上がった。

「…………、うるせぇ。さっきから何数えてんだ?」
「勝手に聞いてじゃねぇよ。耳閉じて寝ろ、冬眠だ、冬眠。むしろ永眠。そうだ、カレー星人は冬眠しねぇのか?」

用は済んだようで、パチンと音をたててH.A.N.Tを閉じる。
九龍はそれをベッドの上に乱暴に投げ捨てる。
その隣には、カレーパンと焼きそばパンがひとつずつ。
朝はギリギリの時間まで寝ているので、九龍はいつも学校に来てから朝食をとっている。
購買で買って、教室もしくは保健室で食べるのが日課だ。
焼きそばパンの袋を破って口に咥えると、残ったカレーパンを皆守に向かって、思いきり投げ付けた。

「意味が分からねぇぞ、備品泥棒」

カレーパンが投げられる、という行為に腹がたったものの、皆守は難無くそれを受けとめた。
お返しとばかりに、パックのイチゴみるくを投げ返す。

「…………もうすぐクリスマスじゃん。あー、でもなぁ」
「話そらしたな」
「このガッコ、出入り自由じゃねぇからなぁ……」
「それがどうした」
「女のコ、ひっかけに行けないじゃん。クリスマスと言えば、女のコ。日本の女のコとなんて久々だから、楽しみにしてたのに。つまんねー…でも学校の女のコだと後々面倒だしなぁ」

《ロゼッタ協会》から何か言われたのか。探索で何か難しいギミックでもあったのか、とか。
真面目な顔して何を計算しているのかと思えば。
クリスマスの、しかも女の、しかも九龍の口振りからすると一夜を過ごす相手。
いつになく真剣に悩んでいるようだったので、ちょっと心配した自分が馬鹿だった。

「…………お前は人生楽しんでるよな、もの凄く」
「うわっ、なにその軽蔑しきった瞳。いいけどな、別に。っつーか、若いんだから、もっと楽しもうぜ」
「寝る」

食べかけのカレーパンを袋に戻すと、皆守は九龍の方に背を向けて横になった。
そして、すっぽりと頭から布団を被る。
それを見て、けらけら笑いながら、こんもりと人の形に膨らんだ布団に向かって九龍が話しかける。
返事が返ってくることなど期待せず、一方的に、だ。

「なんなら、俺が紹介してあげるぜー。可愛い系か? 綺麗系? 年下? 年上? 胸は大きいのが好み? お前、年上好きそうだよなー」
「黙れ、喋るな、口閉じろ、むしろ縫い合わせろ」

最後の一口を口にほおり入れると、空になった袋をぐしゃりと潰す。
保健室の隅に置かれたゴミ箱に向かって投げれば、ゆるやかな弧を描いて、そこに吸い込まれていった。
ナイスシュート、と呟くと、九龍はぐっと腕を思い切り伸ばして、そのまま背中からベッドに倒れこむ。
ベッドに腰掛けた状態で倒れたので、足がふらふらと宙をさまよっている。
まるで子供が駄々をこねるように、九龍は足をバタつかせていた。

「つっまんねーなぁ。あ、それとも龍麻サンが好みか?」
「あぁ。俺は二人きり龍麻と過ごすから、お前は寮則破って街へ行け。そして二度と帰ってくるな」
「女のコは好きだけど、本命は龍麻さんだけッスから。皆守なんかと二人っきりになっちゃ駄目ですよ」

天井を眺めていた顔を動かして、保健室の中央に置かれた黒皮のソファに目をやる。
皆守も布団から這い出て、同じくソファに腰掛ける人物を見る。

細い指先で火のついていない濃茶色の煙草を玩びながら、龍麻は虚空を眺めていた。
組んでいた足を組み替えると九龍を見て、答えた。

「俺の本命も九龍だけだよ」
「本当ッスか!?」
「なんてね」
「ばーか。いい加減諦めろよ」
「ぜってぇ嫌。嫌ったら、嫌。諦めない」
「……勝手にしろ」

九龍が口説き台詞を言って、龍麻がそれを軽く流して、皆守が呆れ顔で見る。
いつもの光景。3人の関係は3ヶ月にも満たない程度だったが、いつのまにか一緒にいるのが普通になっていた。九龍とはクラスも違うけれど、休み時間の度に顔を見せにくるので、あまり気にしたことはない。サボるのも一緒、深夜の《遺跡》探索も一緒。
3人でいるのが心地よくて、当たり前になっている。それが、普通と思えるようになった。

足をバタつかせる九龍に、皆守がうるせぇ、と一言。
それをきっかけに口喧嘩を始める二人を見て、龍麻は機嫌のいい猫のように目を細めて笑う。
煙草に火をつけ、深く吸い込んでから煙を吐き出す。

「今年のクリスマスは、ゆっくりしたいね。俺、クリスマスと縁が悪いらしくて、いつも何か起こる」

煙草の匂いが鼻をつく。
昔を思い出すように、龍麻はゆっくりと瞼を閉じていく。

「………………でも多分、今年もクリスマスどころじゃないな」

未来を予見するように囁かれる声に、皆守はアロマに火をつけ、九龍の口が緩やかな弧を描く。
そして、腕を伸ばした先にある、放り投げられたままのH.A.N.Tを爪の先で叩いた。

カツン、という堅い音が響く。
それと同じタイミングで、マナーモードに設定されたH.A.N.Tと皆守の携帯が鳴った。


( それは、現実に、引き戻す、音 )