いつまでも大切な人
05.新しい仲間 ―― 2005.09.15
投げてはキャッチし、キャッチしては投げ。
細かな細工と、口を大きく開き咆哮する龍を細工した銀色のペーパーナイフ。
龍麻の手により、それは宙をくるくる舞っていた。
開け放たれた窓からは、白銀の月光と夜の冷気が入り込んできている。
宙で回転する度に、ナイフはその光を反射してキラリと輝く。
龍麻の目は上下するナイフと、その光を追っていた。
何度か繰り返していたが、ぱしっと受けとめると流れるような動きで、ナイフの先を部屋のドアに向ける。
淡い金色に光り始めた双眸の先には、一つのドア。
唯一の入り口であり、出口であるそのドアは、無防備にも鍵が開けられたままだ。
電気をつけていない部屋、窓とちょうど向かい合う造りの部屋。
月の光を一身に浴びているドアを、龍麻はじぃっと見据えた。
一呼吸、それくらいの間を待って、物音一つたてずに部屋のドアが開かれる。
入ってきたのは亀のマークのついたダンボールを持った、一人の忍。
入ってくるのが誰かすでに分かっていたようで、その人物が入ってきても顔色一つ変えなかった。龍麻はナイフをおろすと、ナイフに細工された龍を指で撫でる。
向けられていた方も、龍麻が本気で自分を狙ってくると思っていないようで、平然とした様子だ。
「……制服姿か、着物姿しか見たことがなかったけれど。何度見ても、その姿は強烈だぞ」
「そうかい? 君の2度目の学生服姿というのも、悪くないよ」
入ってきた時とは裏腹に、豪快な音をたてて置かれた箱。
彼らしくない乱暴な扱いに、龍麻は怪訝な顔で翡翠を見た。
「もうちょっと丁寧に扱った方がいいよ?」
「……そうだね、今度からは気をつけることにするよ」
「…………翡翠、何がそんなに気に入らないんだ?」
「君が此処にいること、全てだよ」
体中の息を吐き出すんじゃないか、というほどの深い溜息を付いて立ちあがった。
手に持ったナイフを机の上に置いて、部屋の中で仁王断ちしている翡翠に近づく。
黒い布で半分隠された顔に手を触れ、顎をなぞるように指を滑らせた。
見上げる視線と誘うような蟲惑的な笑み、というオプション付きで龍麻は翡翠を見ていた。
「ヤキモチ、か? らしくない」
不機嫌な、というよりも、拗ねているというのが正しい表現かもしれない。
普段なら冷静無表情の仮面を外さない翡翠も、さすがにこればかりは隠せなかったらしい。
仮にも龍麻は翡翠にとって、恋愛に近い感情を抱いた唯一無二の主というべき人。
昔からある種のカリスマ性を備えた龍麻には、彼を狙うライバルが多かった。
しかも、高校時代には厄介なライバルが多かったのだ。色々な意味で。
さらに今、新たなライバルが着々と増加している。
特に――――
「皆守が気に食わないんだろう?」
「それだけじゃない。もちろん、彼が気に入らないのは確かだけれども」
「可愛いじゃないか、弟ができたみたいで」
思い出すことがあったようで、龍麻がくすくす笑い出した。
楽しそうに笑う龍麻の瞳には、穏やかで優しい熱が篭っている。
以前なら、自分たちだけに向けられていた包み込むような優しい視線が、今は別の誰かに向けられている。
龍麻が昔の仲間にそんな視線を向ける度に、嫉妬してしまう。
けれど、昔の仲間以上に、彼らに向けられる時が翡翠は嫌いだった。
彼らは自分たちとは違い、宿星も力も持たない、ただの人。
龍麻を守ることもできず、確実な繋がりもない。
何も持たないからこそ、龍麻の心を掴む可能性があった。
宿星や力というものを愛し受け入れている反面、憎んでもいる龍麻を。
「怒るなよ」
ぺしぺし、と意識を飛ばしている翡翠の頬が叩かれる。
焦点が合っていなかった瞳が、自分を覗きこんでいる龍麻に合わせられた。
頬をそっと両手で包み込むと、龍麻がにっこりと笑い、諭すように静かな声で言った。
「たとえ新しい仲間ができたとしても、俺が心から信頼しているのは……お前たちだよ」
自分の胸を指し、そして翡翠の胸を指で指す。
心臓の真上。とくりとくり、という鼓動が指から伝わる。
上目遣いで翡翠を見つめると、紅く色付いた唇がゆったり弧を描いた。
「俺の全てを知り、それでもなお見捨てず愛してくれている。そうなんだろう? 翡翠」
素早い動作で、翡翠は龍麻の足元に跪く。
そして手を取り、その白く細い指先におとす、誓いの口付け。
「…………もちろん、君の望みのままに」
目を細めて、それはそれは愛おしそうに、龍麻は翡翠を見つめていた。