白の世界
19.黄昏に涙せん ―― 2005.12.--



八千穂が、泣いている。取手が椎名が、双樹が泣いている。神鳳が泣くのを堪えてる。夷澤も。
崩れた《遺跡》の残骸。その瓦礫の上に倒れているのは、《生徒会》の会長と副会長。
制服はボロボロで、所々が赤い。とろりとした赤い液体が、彼らの体を彩る。
健康的、とは言えないほど青白い顔をしていたけれど、生気は感じられた。今は、それを感じない。

頑なに閉じられた瞳は、永遠に開くことはないのだ。

手を下したのは、他でもない、俺。
向かってきた二人を、俺は殺した。

倒れている二人に駆け寄る、かつてのバディたちの姿を、俺は草陰から見守っていた。
やけにダルい体を引き摺って、さらに奥へと隠れる。
脳内を占めていたのは、早くこの場を立ち去りたいという思いだけ。
此処、天香學園から――



遺跡の奥で、俺たち対峙した。
彼らは、墓を守る生徒会長と副会長として。
俺は、墓を暴く《宝探し屋》として。
バディは連れて行かなかった。連れていったのは、龍麻サン、ただ一人。

振り上げる足を掴み引き寄せ、至近距離から銃を撃った。まともに食らって呻き声を上げた体を、壁に向かって打ち付けるように投げた。コートを翻して、俺の左側面に近寄ってくる。射程内に入った瞬間を狙ってガスHGを投げて煙幕を張り、続けて荒魂剣で薙ぎ払う。焼けて溶けた匂いが、鼻をついた。それに気をとられていたら、背後から蹴りを受けた。痛みと衝撃で沈み込みそうになる体を堪えて、喉を這い上がってきた胃液と血を吐き出す。振り返って、お返しにとばかりに腹に蹴りを叩き込んだ。鋭い音がした。飛ばされて行く体に銃を連射。弾の全てが、その細身の体に吸い込まれていく。背後から攻撃の気配。嗚呼、そうだ。彼の技は遠距離タイプだった。ギリギリまで待ってから、避ける。避けられた攻撃は、俺の体で遮っていた、さっきまで俺が銃を撃ち込んでいた体に直撃する。もう彼は立ち上がらない。俺が避けたことに驚いている最後の一人に向かって走り、その体に荒魂剣を突き刺した。

横に薙ぎ払うと、千切れた体から、血が吹き出た。どさり、という音を立てて倒れた。
離れた場所に倒れている彼に歩み寄り、最後の一発を、心臓に撃ち込んだ。

頭から血を被って、大ッ嫌いな俺の銀髪がベタベタになって、気持ち悪かった。
流れ出る色が、俺の瞳と同じ色だった。
俺は、流れ続けるそれを虚ろな瞳で見ていた。

いつもより少しだけ乱れた呼吸。
《協会》で生まれ、育ち、教育され続けた俺の体は異常といってもいい。
戦っている最中は、理性を保つので必死だった。
本能だけになったら、それこそ、彼らの体はただの肉片になってしまうから。

それだけは、なにがなんでもやりたくなかった。

そのあと、出てきたヤツも、確かに俺が倒したけれど、その時のことは何一つ記憶にない。
理性を維持できなかった。それまでは出来ていたのに。理由は、分からない。覚えていない。
ただ、シャワーを浴びたんじゃないかというくらい、血塗れになった体を見て、相手はものすごく酷い死体になったんだろうなと思った。
俺を見る白岐の瞳が、ひどく怯えていたから、きっと俺は残虐な方法で殺したんだろう。

俺を龍麻サンの目が忘れられない。
だって、いつもと変わらない目でみていたから。
それが余計に恐かった。

( だって、龍麻サンはどんな俺でも受け入れてくれる。そして俺を慰めてくれるだろう。俺にはそんなつもりはないのに、彼の雰囲気がそうさせる。腕の中で、思いきり泣きたくなるんだ。甘えたくなる。幸せになる。満たされる。俺は、貰うだけで彼に何も返してやれない。与えてあげられない。消費するだけなんだ。いつかきっと、俺は彼を食い尽くしてしまうんだ。壊してしまう。失ってしまう。いなくなってしまう。そうしたら俺は生きていけないから、手放さなきゃならないんだ。彼の全てを俺が消してしまう前に。だからその為にも、俺を嫌いになって欲しいのに。軽蔑して恐がって欲しいのに。彼はそれをしてくれない。俺が何をしても変わらない。( もしかして、俺に興味ない?俺が何をしようと関係ない?嘘、それだけはイヤ。存在を否定しないで )お願いだから、俺を嫌って。俺は貴方を愛すから )


………………、全てが、終わった。俺が此処にいる必要はなくなった。
日が落ちて、夜になる。俺にとって、今、この瞬間がそれだ。
表の世界での葉佩九龍は終わり、二度と明るい世界に戻ることはない。
表での場所を、裏の世界の葉佩九龍が壊した。握り潰した、粉々に。



悲しい気はするけれど、涙は流れなかった。
寂しい気はするけれど、これでよかったと思う。
俺に優しい居場所は似合わないと思うから。
誰かに壊される前に、自分で壊せて良かった。


墓地から離れた草むらの中で、木に寄りかかって座った。
体が別物みたいに重くて、乾いた血の所為で余計に動かしづらい。

降り注ぐ月光が、強い光じゃなくて心地よかった。昼間じゃなくて良かった。夜で良かった。夜は好きだ。

草を踏みしめる音が聞こえて、本能的に銃を取りだそうとしたけれど、体が動かない。
誰が来たのだろう。《生徒会》の役員か? 《M+M機関》か? それとも、八千穂か?
二人を殺した俺を、殺しにきたのか?
いいぜ、今なら体も動かない。動かすことすら億劫だ。
大人しく殺されてやる。殺してくれ。

こんな弱い俺がいたなんて、自分も知らなかった。
たった二人を殺したくらいで、こんなに落ち込むとは思わなかった。
……いつも喧嘩ばっかしてたけど、アイツは俺にとって大切なヤツだったかもしれない。

それなりに、俺の精神はショックを受けてるんだ。きっと。

一度、深呼吸をした。
余計に体が重くなったように感じる。指先一つ、動かせなかった。

カサリ、と近付く足音。



ゆっくり目を閉じる。迎えるであろう、死の瞬間を待った。



( けれど、降ってきたのは、温かな指が頬を優しく撫でる感触。呼ばれたのは、己の名。 )