仮面の下の、
17.髪 ―― 2005.10.12



「その髪……。そうか、お主が《九龍》か」

変態エロ爺、と呼ばれ女生徒たちから避けられる用務員・境玄道が、いつになく真面目な顔をしていた。彼の前に立っているのは、10月の初めに転校してきた美形の転校生・葉佩九龍。
授業中にも関わらず、余裕の歩みで廊下を歩いていた九龍を境は呼び止めたのだ。
いつもなら適当にあしらうはずの九龍も、ただならぬ何かを感じ取ったのか、目付きを鋭くして境を睨みつけていた。

深紅の双眸、太陽光を吸い込んで煌く銀髪。
普通とは明らかに異なる、その色。

「……何を知っている。《協会》所属のハンター・コードネーム《道》こと、境玄道」
「調べたのかね? さすがじゃ」
「噂は聞いていたからな。やけに鼻の効く爺がいるって」

まさかこの学園にいるとは思わなかったけど。
唇が優美な弧を描く。まっすぐに見つめる双眸は、境を見据えたまま逸らされる様子はない。
普通の人間が、九龍のその視線を受けたら、しばらくは夢に見て安眠できないような、それほどまでに強い視線だった。まさに、射殺さんばかりの、それ。
けれども境は、ひるむことなくいやらしい笑いを浮かべたままだ。

「お主が思っているより、儂は偉いハンターなんじゃよ」
「面白半分で探っただけだろ? こんな場所じゃなかったら、即効、殺してるぜ」
「殺人機械、鮮血の傀儡、残忍冷酷の《宝探し屋》。最も《秘宝の夜明け》に近い《ロゼッタ協会》秘蔵のハンター……そんなお主に喧嘩を売るような真似はせんわ」
「…………………十分、売ってるぜ。それ」

耳をかすめる金属音。額に感じる、冷たい鉄の温度。
眼だけでその熱源を探ってみれば、サイレンサーが装備された銃が突きつけられていた。

「どう抗おうと俺は躾けられ鎖に繋がれた飼い犬だ。それは認める。嫌というほど理解してる、分かってる、身に染みてる、骨にも脳にも体中の細胞全てにまで浸透してるさ。でもな、改めて言われるとムカつくんだよ。イライラする、殺してやろうか」

ぐちっと強く押しつけられた銃口は、額の肉に痕を残すかのようだ。
怒りを隠しきれない瞳が、いつもの明るい紅色から黒が混じったような紅色に変わる。
流れ出る血を放置し、乾く寸前の色。鮮やかな赤ではなく、暗い赤。

一触即発の状態でありながらも、境の顔には余裕の笑みがあった。
目に見えて怒っている九龍を、幼子へ向ける眼差しで見ると、言った。

「まだまだ子供じゃの。……お主は犬ではなく、鳥籠に囚われた鳥。籠の扉を開けば、自由に飛び回ることも可能じゃ。その翼はまだ死んでおらず、まだ飛べるということを自覚すれば」
「…………俺は自由にはなれない」

耐えるような痛みをこらえるような顔が、一瞬だけ九龍の顔を横切った。
境に突き付けたままだった銃を下げ、学生服の下にしまい込む。
これ以上いるのが嫌になった九龍は、踵を返してこの場所を去ろうとした。
背中を見せた九龍に、境は言葉を投げかける。

「そうしていると、どこぞの糞餓鬼と同じじゃぞ?」
「?」
「分かっておらんのか? なら、気にすることはない。そして、知っておけ」

振り向いて見た、境の顔にいつものエロ用務員の顔はない。
プロの《宝探し屋》としての顔。
九龍が生まれる前から、この世界で生きてきた先輩としての顔。



「世界はお主が思っているよりも、お主に優しいということを」



「…………」
何も言わず、逃げるように九龍はその場所から立ち去った。

確信のない、気休めだけの言葉はいらない。聞きたくない。耳を塞いでいたい。
叶わなかった時の絶望する自分を想像したくないから。
自分はこんなにも弱く、臆病だ。誰にもそんな自分を知られたくない。

小刻みに震える手を隠すように、ポケットの中に突っ込む。
ポケットの中で強く握り締めた手には、血が滲んでいた。



双龍版九龍の過去をチラ見せ、してみました。
まだまだ幼い彼は、これから強くなります。皆守と一緒に。