現実と理想の狭間の音色
14.メール着信 ―― 2005.11.25



鞄の中に入れた携帯が小刻みに震えて、一緒に入っているノートや教科書、ペンケースにぶつかって音をたてる。授業中なので取るわけにもいかず、鳴り終わるのを待っていた。
着信だろうか、それともメールだろうか。
気になるけれど、今は雛川先生の国語の時間。それ以外の授業だったら、躊躇いもせずに携帯を開くのだけれど、彼女の授業だったら別だ。担任だし、仲が良いし。何より彼女の担当する国語が、九龍の苦手教科だったから、真面目に受けないと分からない。
旧仮名遣いで書かれた古文が並ぶ教科書を眺めながら、バイブ音が止まるのを待つ。5、6回ほど鳴って、止まった。

メール着信。

一体だれからだろうと、九龍は推測を始める。ぐるりと教室を見回せば、皆守の姿はない。最近、雛川の授業の出席率が上がっていたのだが、今日はサボりらしい。だとすると、皆守だろうか。また前のように「カレーパンを買って来い」という内容のメールを送ってきたのかもしれない。
でも、もう昼時は過ぎている。ならば、保健室で寝ているので帰りに起こしに来い、というメールだろうか。これも前に一度あった。
皆守でないとすれば、取手だろうか。今夜、一緒に遺跡に行ってもいい?とか、帰りに音楽室に寄ってくれないか?とか。
取手の弾くピアノが好きだ。本人にそう言ったら、時々誘ってくれるようになった。
椎名からかもしれない。お菓子を作ったからどうぞ。一緒に作りましょう。新作のぬいぐるみができたの。どれも可愛らしいメールばかりだった。
夷澤からだったら、ボクシング部に遊びに来て下さい、とか。今夜連れてって下さい、とか。放課後に勝負しましょう、とか。あのアロマ野郎をどうにかして下さい、とか。何故だか分からないけれど、夷澤と皆守は仲が悪くて、しょっちゅう喧嘩をしている。
七瀬が新しい文献を見つけたのかも。それとも、真里野からかな。黒塚が石について語ったメールかな。朱堂が新しい美容法でも見つけたかな。

ぐるぐると、ぐるぐると。
この天香學園に来て出会った仲間たちの顔が浮かんで、楽しかった。
気付けば授業が終わっていて、八千穂が笑っていた。「九チャン、最後の方、全然聞いてなかったでしょ」って言いながら。アハハ、と笑って誤魔化したら、八千穂は腰に手を当てて怒っていた。本気で怒っているわけではない。だって、顔が笑ってる。

机の脇にかけた鞄から、H.A.N.Tを取り出す。
開いてメールの着信を確認した。誰からだろう、とワクワクしている自分がいた。


受信日 : 2004年12月23日
送信者 : ロゼッタ協会
件名 : 調査依頼報告


すうっと、熱が冷めていくのが分かった。学校で見せている、親しみやすく明るい自分が姿を消す。

忘れてはいけない。俺はプロだ。
さぁ、仕事をしなきゃ。

授業が終わった教室は、楽しそうな生徒たちの声で賑わっている。そんな中、自分の周りだけ膜が張っているみたいだった。
自分だけが、別世界。
白い羊の群れの中の、黒羊。
1件のメールが、俺と彼らの違いを知らしめるんだ。


( 自覚する。忘れていたわけではないけれど。 )