新妻とお嬢様
13.生活SS ―― 2005.12.09
とある平日の夜。皆守、取手、九龍、龍麻の4人は緋勇の部屋に集まっていた。
備え付けのキッチンに立つのは、ワインレッドのエプロンをつけた九龍と濃紺のエプロンをつけた皆守。
せっせと小皿を運んだり、ご飯をよそったりと細々動いているのは取手。
龍麻はゆったりとテーブルに座って、目の前で夕食の準備が整うのを眺めていた。
「ハーイ、完成! 本場仕込みの青椒肉絲!」
九龍私物の中華鍋には、細切りされ炒められ味をつけられた青椒肉絲。
できあがったばかりのそれは、ほかほかと湯気を立てていて、香ばしい匂いが辺りに漂っている。
「緑と赤のピーマンで色とりどり。豚肉と牛肉、悩んだけれど今回は豚肉で。ホントは肉を油通しするんだけど、カロリー控えめを考えて電子レンジでチンしてみましたー」
久しぶりに作ったレシピだったけれど、なかなか美味くできた。
鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌に、九龍は中華鍋を傾けて、大きな白い皿の上にそれを盛り付けた。
4人分の箸を手にした取手が、ウキウキしている九龍を見て、ふわりと笑みを見せる。
「とても美味しそうだね。はっちゃんって本当に料理上手だ」
「もちろん。俺は何でも出来るんだよ、取っち」
ブイ、と人差し指と中指を立てた九龍は満面の笑みだ。
九龍の料理の腕はプロ級で、和食から洋食、中華からデザートの類までと、幅広い。
平日の夕食は寮の食堂で用意されているのだが、九龍は時々自分で作って食べている。
一人で食べるのも味気ないので、そのご相伴に必ず誘われるのが龍麻だった。
龍麻が呼ばれれば、必然的に皆守も一緒になり。
いつも3人でというのもつまらないから、誰か誘おう、という鶴の一声(龍麻の一声)で、今夜は取手も誘われたのだ。
「………ほら、龍麻。味噌汁」
「ありがとう。今日の味噌汁担当は皆守なんだな」
味噌汁が入ったお椀を両手に持って、皆守がキッチンから龍麻の座るテーブルの所にくる。
そして、片方のお椀を龍麻に手渡す。手渡す時に、熱いから気をつけろ、と言葉をかける。
両手で受け取って、龍麻は中をのぞきこむ。
今日の味噌汁は、油揚げと豆腐らしい。龍麻が食べたいと言ったのを、皆守は覚えていたらしい。
嬉しくて笑顔で皆守を見れば、彼はできるだけ視線を合わせないようにしていた。
「素直じゃないなぁ」
苦笑まじりに呟くと、聞こえていたのか、皆守の頬が赤く染まったように見える。
それに気付いた龍麻はさらに笑みを深くしたのだった。
白い大皿に盛られた青椒肉絲と、油揚げと豆腐の味噌汁、ご飯。
春雨と海草の中華風サラダと、カレー粉を美味く混ぜ込んだ春巻き。
(どうしてもカレーを食いたい、という皆守の策略に九龍が負けた結果、春巻きはカレー味になった)
実に綺麗な箸遣いで、龍麻が青椒肉絲を食べる。
丁度よく味付けされて、ご飯のお伴に最適で、食が進む。
食べ盛りの高校生が3人も揃えば、なおさらご飯の減りは早い。
普段は少食気味の取手も、すでに2杯目だった。
「皆守も九龍も料理上手いからな、いい嫁になるよ」
「……婿の間違いじゃないの?」
「嫁って」
突然の龍麻の発言に、取手と皆守の箸が止まる。
取手はびっくりした表情で、皆守は呆れた表情で龍麻を見ていた。
凝視されているにも関わらず、龍麻はにこっと一瞬だけ笑うと、また何事もなかったかのように食事に戻る。
「龍麻サンの嫁なら俺、喜んでいくッス! つーか、皆守を嫁になんてもらったら毎日カレー漬けで身も心もカレー星人になっちゃいますよ」
「あ? 毎日カレーのどこが悪ぃ」
「栄養面」
ざっくりと、九龍の一言が皆守の心に刺さる。
あまりに的確な九龍の言葉に、二の句を告げることができず、くやしそうに九龍を睨みつけていた。
射殺しかねない視線を受けても、九龍は平然としたもので。
いい具合に皆守を言い負かせて嬉しいらしい。誤魔化す様子もみせない口元が、にいっと歪んでいた。
さらにそれが皆守の神経を逆撫でしていた。
「いつになく九龍が正論言ってる」
「それを言われたら、皆守君でも言い返せないよね」
取手と龍麻は、九龍優勢という情勢に、手を止めて物珍しげに二人を見ていた。
「味噌汁、おかわりお願い」
「……それくらい自分でやれよ、龍麻」
「俺、亭主関白だから」
「亭主っつうか、お前の場合はどこぞのお嬢様って感じだろ」
差し出されていたお椀を受け取りながらも、皆守は溜息をついていた。
最近多くなったな、と自分でも自覚してしまうくらいだ。
嫌味のつもりで言った言葉に、食べることに集中していた九龍が同意する。
「あー、分かる気がする。箱入りのお嬢様。お姫様でもいいなぁ」
「…………意外と、似合うかもしれないね。龍麻君」
「どうせなるなら、女王がいいね。より偉そうじゃない?」
優美な弧を描く唇と、細められた瞳。軽く傾げられた首。
まるで猫のように、龍麻が笑う。
確かに、お姫様なんて可愛らしいものじゃないだろうな。
ひとつ、溜息をついて、皆守は差し出されたお椀を受け取って立ちあがった。