それは他愛のないことだけど
05.鍵を預ける ―― 2005.08.27
がさごそと鞄を漁る九龍の様子は、いつもよりも焦っていた。
しばらく鞄の中を漁っていたと思ったら、今度は制服のポケットを手で探りだす。
まるで何かを探しているような、否、何かを探しているのだろう。
そして、ぴたりと動きを止めた。
「…………うっそ、やば」
ないと分かっていたのだけれど、ポケットを上から二、三度叩いて確かめる。
物音一つしないソレから、一体自分はどこに無くしたのだろうと必死になって考えた。
それまで机に突っ伏して寝ていた皆守が起き上がって、冷や汗をかいて考え込んでいる九龍を冷ややかな目で見つめる。
教室の片隅で一人慌てる男子高校生、というのはかなり不審だ。
「どうしたんだ、九ちゃん」
「あ、甲ちゃん。起きたんだ」
「あれだけバタバタでかい音を立てられたら嫌でも起きるだろ」
「ゴメン、ちょっと探し物しててさ」
そう言って、もう一度鞄の中に手を突っ込みだす九龍を、皆守は頬杖をついて眺めていた。
忙しく動いていた手が止まると、九龍がほっとしたような表情を見せる。
鞄から出てきた手に握られていたのは、一個の鍵だった。
「良かったぁ、見つかって……」
「鍵?」
「そ。俺の部屋の鍵」
寮に入寮する際に、鍵は二つ渡される。マスターキーと予備。
二つもいらないだろうと皆守は思うのだが、これが結構使うらしい。
友達に渡して朝起こしてもらう時、または忘れ物をした時にその友達が寮にまだ登校していなかった場合、持ってきてもらう。
他にもいろいろと用途があるらしいが、皆守の場合は机の引出しの中にしまって終わりだった。
やっと見つけた鍵を上に投げて遊んでいた九龍は、どうやったら毎回鍵をなくさずにすむか考えていた。キーホルダーをつけるのも手だが、それでもなくす可能性大だ。もっといつでもどこでも完璧に鍵の所在を分かっていたい。
すると突然、ナイスなアイディアが九龍の頭に舞い降りてきた。
「そうだ。俺、またすぐにどっかやっちゃうから、甲ちゃんが持っててよ」
「はぁ?」
「いーじゃん、ほとんど毎日一緒に帰ってるんだし。お前が持っていれば、俺がなくしても部屋に入れるしな」
意外とマメで頼りがいのある皆守のこと、皆守なら鍵が一個くらい増えてもちゃんと管理できそうだ。
それに、こう見えて面倒見がいい。
いつも自分と一緒にいるのだから、鍵が必要になった時でもすぐに使える。
まさにベストな預け場所だった。
「……部屋の鍵をそう簡単になくすなよ」
「なくすんじゃないよ、鍵が勝手に行方不明になるだけだ」
「それを"なくす"っていうんだよ。…………ま、別にいいけどな。持ってるくらい」
呆れたように九龍と話していた皆守だったが、最後には九龍の押しに負けて了承した。
面倒だという顔をしながらでも、しっかりと手を差し出してくれるのだから、やっぱり皆守はイイ奴だ、と九龍は思う。
にこにこ笑いながら、九龍も鍵を持った手を差し出した。
「へへ、宜しく」
「あぁ」
ぽとり、と九龍の手から皆守の手へ落とされた、鍵。
皆守がそれを握って自分のポケットに仕舞う様子を、九龍はじっと目で追った。
そして、今度は自分の手を見つめる。
握ったり開いたりを繰り返してみても、なんの変化はみられない。
いつもと同じ、拳銃とナイフを握る、無色透明の見えない血に塗れた手。
無意識だった。
自分から誰かに"鍵を預ける"なんて行為をしたのは、初めて。
自分が安らぐ場所、自分の領域を守る鍵。
それを自分じゃない他人に預けるという行為。
じわりじわりと実感していく。自分が変わっていっているということを。
「なにしてんだ、帰るぞ」
「…………うん!」
初めて鍵を預けた日は、少し胸の奥が暖かくなって、笑いかけてくれる彼を見るのが今までよりも、もっとずっと嬉しいと感じる日だった。