絡みつく糸の終わりは
Nio×Atobe


詐欺師の異名を持つだけあって、仁王雅治は厄介な奴だった。
言葉巧みはもちろんのこと、用意周到に罠を張り巡らせて場を作り、自分の都合の言い様に事を運ぶ。隙のない態度で、他人に弱点を悟らせることなどしない。まるでゲームを楽しむかのごとく、チェスの駒のごとく人を動かすことで、彼はつまらない日常を楽しむ。




跡部は今の状況に困惑していた。
氷帝学園の生徒会室の会長席に座り、片側に書類とファイルの束を重ねて、広げた紙にペンを走らせる。一息ついて顔を上げれば、ソファでくつろいでいる仁王の姿。跡部はもう一度、深くため息をついた。

「終わったんか?」
「……テメェはいつまでそこにいる気だ」

仁王が此処に来た理由は正当なものだった。
テニス部及びサッカー部の練習試合に関する書類と、立海の生徒会から氷帝の生徒会宛ての書類を届ける為。
確かに正当な理由ではあるが、跡部は色々と追及したいことがあった。
仁王は生徒会の人間ではないし、テニス部の部長でもなければマネージャーでもない。
もちろん、サッカー部でもない。

その仁王が何故、届け役として来たのか。
用事が終わったのなら、さっさと帰ればいいのに、何故まだこの部屋にいるのか。
くつろいでいるだけならまだしも、気紛れに仕事の邪魔をするのは止めろ。髪に触るな。抱きつくな。
言いたいことは山ほどあった。

「真田はどうした」
「赤也を叱るので忙しいんじゃ」
「……切原が何かしたのか?」
「授業サボったのがバレたんじゃよ」
「柳は」
「他校の偵察」
「生徒会長は」
「昨日あった乱闘騒ぎの処分会議」
「他の生徒会の奴は」
「副会長は季節外れの風邪で休み。それ以外は、生徒総会の議案書作成」

跡部が尋ねて、仁王がそれに答える。
一つ一つやりとりを交すごとに、仁王は一歩一歩、跡部の方に近付いて行く。
重厚な造りをした机に手をかけると、顔をぐっと近付ける。
キスができそうなくらいの距離、とはほど遠いが、それでも今までで一番近い場所に互いの顔があった。
動揺するだろうか、と仁王は思ったが、動揺の色を微塵も感じさせない跡部の態度に少々苛立つ。なかなか自分のペースに持っていけない相手、仁王にとっての跡部がソレだった。
跡部は柳眉を顰めて、仁王の言葉から疑問に思ったことを聞き返してきた。

「乱闘……?」
「そうじゃよ」

そういえば、氷帝と立海の生徒数名が繁華街で乱闘騒ぎを起こしたと、教師に言われたのを跡部は思い出す。
それに関しての書類も、恐らく仁王が持ってきたものの中に入っているだろう。
乱闘を起こした生徒の中に、銀髪のヤツが混じっている可能性は十分に考えられた。
まさか、と思い、目の前の仁王を見れば、意味ありげな笑みを顔に浮かべている。

忍足か向日辺りに聞けば( あの二人は噂話をよく知っている )詳しいことが分かるだろう。
教師に言われた後で、その騒ぎについての詳細を聞こうと思っていたが、聞く必要はなくなった。恐らく、仁王はこの騒ぎに関わっていた。事の発端は分からないが、仁王のことだから自分に火の粉が降りかかるようなヘマはしない。調べても、恐らく分かるのは数人が喧嘩していたという事実だけで、詳しいことは分からないだろう。そして、仁王が関わっていたかどうかは有耶無耶になっている。
関わるのも厄介なので、跡部は原因を追求することを早々に諦めた。

「それで、お前が選ばれた理由はなんだ」
「暇だったし、生徒会連中とは顔見知りだし?テニス部の書類持ってくって言ったら、ついでに持っていってくれって頼まれたんじゃ」
「……一人じゃダブルス練習できねぇだろ」
「柳生は柳と一緒に偵察じゃ」

喋りながら、仁王はぐるりと机を巡って、椅子に座る跡部の隣に立つ。
机に片手をかけることで、跡部を椅子と机と自分の間に閉じ込める。
背もたれのある椅子の所為で、跡部は逃げ道を失った。
僅かに、跡部の青い瞳に動揺が走る。

「せっかく二人っきりになれる機会、逃すわけにはいかんじゃろ」

に、と仁王は唇を歪めて笑った。見開かれた青い瞳が、青空を閉じ込めたみたいに綺麗だった。
するり、と頬を滑った硬い手の感触に、跡部の身体が震える。


嗚呼、コイツはこうして笑いながら、罠を張り巡らせるのだ。

近付いてくる顔が、死刑宣告を告げているようで、直視したくなかった跡部は目を閉じた。

まるで蜘蛛のように、精巧で、緻密な、見えない、罠を。
一度触れたら、逃れることはできない。
触れたことにすら気付かない罠は、それでもしっかりと仁王に繋がっていて。
引っかかった本人が気付かないままに、罠をかけた張本人だけがそれを知る。
捕まってしまった後は、大人しく食らわれるのを待つだけなのだ。

「跡部」

呼ぶ声が、視線が。
その全てが糸となって、跡部の全てを絡め取っていく。

「俺は、」

言うな。

「跡部の事が、    」



テニスで綴る100の風景」参加作品。
絡みつく糸の終わりは / 禁断
赤也がサボったことをバラしたのは仁王で、赤也がサボる羽目になったのも仁王の所為。という裏設定があったり。