急に、部活に行きたくなくなった。理由は分からない。真田か柳か、どちらかに怒られるだろうことは簡単に予想ができたが、そんなのは口先一つで何とでもなる。何しろ、詐欺師の異名を持つ自分だ。彼らを言い負かすくらいは、お手の物。そう自分に言い聞かせて、ごろりと寝がえりをうつ。保健室のベッドが、嫌な音を立てて軋んだ。窓から流れ込んだ風が、白いカーテンと、顔にかかっていた髪を揺らめかせる。梅雨明けの、熱気と湿気を含んだ空気が、気持ち悪い。じわじわと自分の体温で熱くなっていくシーツも、体も、何もかもが気持ち悪い。寝てしまえば、そんなことも気にならなくなるだろうか。そう考えて、仁王は目を閉じた。



この感情に名前をつけるならば
Nio×Yagyu



「仁王君。仁王君、起きて下さい」

その声は、寝ていたはずの意識にすんなりと飛び込んできた。
それまで眠っていたとは思えないほど、すっきりとした目覚めだった。

仁王は目を開けて、声のした方を見た。ベッドの横に立っていたのは、柳生だった。まじまじと彼を見て、そこで初めて、彼の手が自分の肩に触れていたことに気付いた。声をかけて起きなかったならば、揺さぶって起こすつもりだったのかもしれない。だとしても、きっと力任せに揺さぶったりはしない。柳生の手は、そっと添えるように置かれていたから、優しく揺り起されていたに違いない。仁王が、その手を見つめていると、柳生は一瞬傷ついたような顔を見せた。それから、ゆっくりと手を離す。

柳生の温度は、不快じゃない。
離れていく手を見つめながら、仁王は思う。

神経質そうな指先は、いつも躊躇うように仁王に触れてくる。それは、自分が他人の熱を嫌っているのを知っているからだ。他人の温度を感じるたびに、自分の領域が侵されていくように仁王は感じてしまう。それを知った時「意外に繊細なんですね、仁王君は」と言って笑っていたはずの柳生は、最近では不思議な表情をするようになった。困ったような、傷ついたような、泣きそうな、痛いような、色々な感情が混じった表情。柳生のその顔を見ると、仁王は問いたくなる。なんでそんな顔をするの、と。それと同時に、柳生をぎゅうと抱き締めたいと思ってしまう。抱きしめて、柳生の温度を体全部で感じたいと思う。こんな風に思うのは、柳生だけだ。何故だろう。

離れていった手を追いかけて、仁王は手を伸ばした。
手を掴むと、柳生は酷く驚いた顔をした。
逃げようとして、柳生が手を引いたので、逃すまいと力を入れる。

「柳生のは、嫌いじゃない」

そう言うと、柳生が今にも泣きそうな顔をした。
見開かれた目には涙が見えて、瞼を閉じたら、きっと落ちてしまう。
柳生の目から涙が零れたら、自分の手で、できるだけ優しく拭ってやろうと思った。




20080722