「明日の夜、空いてる? 空いてるよね? ね?」
いきなり現れて、いきなり聞いてくるのには、もう、慣れた。
(毎回毎回毎回毎回やられたら、嫌でも慣れる)




羊の皮を被った狼のコドモ





「空いてない」
「えっ!?」
「って言ったら、どうするんだ?」

にやり、と笑ってやれば、切原は大袈裟とも思えるほどの溜息をついた。
小さな子供みたいに、感情表現が豊かな切原をからかうのは結構好きだ。面白い。
軽い冗談でも、すぐに騙される。しかもリアクションが大きい。
ついつい楽しくなってやりすぎることもあるけれど。
密かな楽しみなので、まぁやりすぎてもいいだろう。

隣でぎゃあぎゃあ文句を並べている切原を横目に、日吉はローテーブルの上に置いたマグカップを、両手で包み込むようにして手に取った。
適度に暖房の効いた日吉の自室。それほど寒いわけではないが、日吉の指先は冷えていた。
だから、温かいココアの入ったカップは、じんわりと日吉の指先にぬくもりを与える。
その温かさにほっとしていると、切原が日吉の体に抱き付いてきた。
急な衝撃に、危うく中身を零すところだったが、ギリギリで免れた。

「もー、マジで焦ったじゃん。びっくりさせないでよ」
「俺の明日の予定がどうだろうと、お前に関係ないだろ」
「ある。ありまくりだって! 明日は大晦日じゃん。だから、一緒に年越ししません? って誘おうかと思ってさ」
「つまり……?」
「31日の夜に待ち合わせして、初詣で行こ」

期待に満ちたキラキラした目で見上げてくる目が、飼い主に遊んでくれと強請る犬みたいだった。

「…………わざわざ、切原と? 切原の家は神奈川だろ?」
「あ、日吉クンが神奈川に来る必要はないから。俺がコッチに来るし」

当たり前のことのように、切原は言う。
いつも会いに来るのは切原の方で、日吉は待つ側だった。
別に会いたくないとか行きたくないというわけではない。
日吉が会いたいと思って、行こうかどうしようか迷っているうちに、切原がひょっこりやって来る。
というよりも、週に3、4日の頻度で切原は日吉の元に来るのだ。
学校だけでなく、家にも来るので、今では家族とも仲が良い。
部活は(交通費の面も)どうしているのか不思議に思って聞いたことがあるが、気にすることはないよと笑って話をかわされた。

切原はいつも、コチラに不安を感じさせないようにしている。
子供みたいに笑いながら、嬉しそうに、惜しみなく与え続けてくれる。
自分はいつも、それに甘えているから、何かを返してやりたいと思う。
けれども、彼の言葉に頷くことだけしか、自分にはできない。
思い付かないのだ、彼を喜ばせる方法が。

それでも、切原はひどく嬉しそうに笑って喜ぶんだ。

「…………分かった、行く」
「ホント!? マジ、やりぃ。じゃ、指きり」
「は!?」
「だーかーら、約束の指きり。ハイハイ、手ぇ出して。うわっ、日吉クンの手、冷たッ」
「悪かったな。というか、指きりって……幼稚園児か、お前は」
「いいからいいから。指きりげんまん嘘ついたら針千本飲ーます、指きった」

きった、の言葉と同時に離れた手を逆の手で掴まれ、そのまま掬い上げられるように持ち上げられた手の指先に、キスをされる。

「ッ!?」
「ついでに、約束のキスもつけとく。詳しいことは夜にメールすっから。携帯、肌身離さず持っててね」

それともこのまま泊まっちゃおうか? そうすれば、俺も寝坊する心配ないし。
唇が触れたままで喋るから、声に合わせて振動が指先から伝わってくる。
上目遣いでにやっと笑った切原の顔が大人びていて、瞳が獲物を捕らえる獣みたいな光を放っていた。 ぺろり、と舌先で爪をなぞるように舐められて、出そうになった声を慌てて抑える。
頬が赤く染まったのが分かる。それを見て切原が満足そうにさらに笑った。

あんまり本気で挑発してくるものだから、ベッドに押し倒される前に、頬を抓って雰囲気を壊してやった。



( 嗚呼、もう。お前はどうしてそんなに俺を追い込むんだ )