隙間のない銀色
Nio×Atobe


夜中に目が覚めた。いつも以上に強い月の光に、起こされたのだ。
太陽とも部屋の明かりとも違う、白い光が、カーテンが空けたままの窓からベッドに降り注ぐ。
起き上がって、煩わしそうにその光を睨んだ。

隣に自分以外の熱を感じて、視線を落とせば、跡部が安らかな顔をして寝ていた。
剥き出しになった肩に、月の光があたって、白さを増す。
日に焼けない性質なのだな、と頭の奥でぼんやり考えた。

投げ出された手。何かを掴み取ることを望むように伸ばされた手。女のように細いわけではないが、それでも細くキレイな指。形の整った爪。どこまでも、美しく造られた体だと思わせる。

そういえば、と何かを思い出した仁王は、そっとベッドから下りて、脱ぎ捨てたジーンズだけを履いて部屋を出た。



数分して、仁王は部屋に戻ってきた。跡部は深く眠っていて、起きる気配はなかった。
仁王の手の中には、姉の部屋から勝手に持ってきた、銀色のネイルがあった。
細かなラメが混じった、銀色のネイル。

それを塗っているのを見ていた。重ねて塗られるたびに、白銀に染まっていく様が気に入った。

「あんたの髪の色に似てるわね、これ」

そう言って笑った姉は、先週から帰っていない。
両親は留守で、弟もどこかに遊びに行っていて、家には誰もいない。
元々、仁王の家族は、家族団欒というものからかけ離れた位置にあった。家に人が揃っていることなど、滅多にない。だから、勝手に入っても、バレることはなかった。後で戻しておけばいいのだし。

ベッドの脇に座って、跡部の手の平を自分の膝の上に乗せた。
力なく広げられた手の平。自分の影で見えにくくならないように気を付けながら、跡部の手を月の光に晒す。よく見えるように。多少乱暴に動かしても、跡部に起きる気配はない。
やっぱり今日は激しくしすぎたかもしれない。けれど、それも今の自分にはちょうど良かった。

これからすることに、跡部が気付いたら怒って拒むに決まっているから。

自分の手の中にある銀色のネイルの蓋を開けた。
透明な毛先の先に、たっぷりとついた銀色の液体。ツン、と鼻先をつく独特の匂い。
迷うことなく、仁王は跡部の爪にそれを塗った。

まずは、小指から。
次は薬指、中指。
最後は親指。

そっと、酷く丁寧な手つきで、仁王は跡部の爪に色をのせていく。
1回塗っただけでは、跡部の爪は銀色に染まらなかった。
透明なネイルにラメが入ったものだから、1回だけで全部は埋まらない。
それでも、爪の上で隙間を空けて固まったラメは、キラキラと輝く。
キレイは、キレイだけれど、仁王は気に入らない。

もう一度、小指から塗り重ねていく。さっきと同じように、ゆっくりと丁寧な手付きで。
意外と上手い、と自我自賛しながら跡部の爪を銀色に染めていく。
自分の髪と同じ色。

「お前の髪って、月の光が当たるとますます綺麗だな。太陽の光よりも、月の方が合ってるぜ。お前に」

跡部の言葉が、仁王の耳に蘇った。
ネイルに蓋をして、ベッドボードの上に置いた。辺りに漂う匂いに顔を顰めたけれど、この匂いはそうすぐには消えないだろう。窓を開けて換気をしないといけないけれど、それは後でやることにした。

仁王は跡部の手首を掴んで、自分の目線の高さまで持ち上げた。
もちろん、跡部にとって無理な体勢にならないように、気を配りながらだ。

2度、重ね塗りをしたけれど、結局隙間は埋まらなかった。
最初よりも、銀色の占める割合は明らかに増えたけれど、完璧ではない。

白銀に染まった跡部の爪。お揃いだ。
銀髪の自分と、銀色の爪の跡部。
そんな小さな繋がりが、嬉しく思えた。

完璧じゃない、銀色がちょっとだけムカついた。
跡部は絶対に自分のものにはならない、そう言われている気がした。
跡部は跡部で、自分は自分で。

分かっているけれど、跡部を好きだと思うほどに、跡部を自分のものにしたいという欲求が生まれる。好きすぎて、おかしくなりそうだ。こんなに誰かを好きになるなんてカッコ悪いと思っていたのは、もう過去のこと。今は、ただ跡部が好きだという気持ちが自分を生かしている。

そして、冷めてしまう瞬間を恐れている。今までの女たちのように、跡部を何とも思わなくなる日がくることを仁王は恐れている。好きでも、嫌いでもなく。興味がない、どうでもいい存在になってしまうのが、怖い。

恐怖を吹き消すかのように、仁王は跡部の薬指に口付けた。
その様子は、神聖な誓いのようで、切なる願いのような。
外気に晒され続けた跡部の指は、ひんやりとしていて、でも滑らかな肌の感触が唇に心地よかった。




いっそこのまま、誰もいない場所に、二人きりで閉じ込められてしまいたい。
誰も見ず、誰にも見せず、他の何にも意識を奪われることなく、ただ相手だけを思い、感じることができたら。
そうしたら、この小さな隙間を許せる気がした。




( 永遠に、君を、愛していられる、僕でいたい )


20060220