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嵐のくる日
( Jiro×Atobe )
窓を不規則に叩く音がする。それは雨の音で、昼休みが終わった頃から降りはじめた。 台風が近付いていると、朝のニュースでやっていたのを思い出す。 おかげで放課後の部活は中止になり、部員たちは早々に帰っていった。 跡部は、というと。 部室に残り、多忙さから溜め込んでいた仕事を黙々と片付けていた。 本格的に台風が上陸するのは夜遅くだというので、少しでも片付けておこうと思い、残っていた。家に持ち帰ればいいのかもしれないが、わざわざ持ち帰るのは面倒だ。それに、家ではゆっくりしたい。だから、なるべく学校で終わらせてしまおうと思っていた。 部誌に今日の練習内容と反省点を書く。1ヶ月後の練習試合の段取りを確認し、試合のメンバーを決めてオーダー表を作成。先週の練習試合の学校に御礼の手紙をパソコンで打ち、封筒に入れて切手を貼る。後はポストに投函するだけ。積み重ねたファイルから必要な書類を見つけ、書面に目を通し、生徒会長の確認印を押す。他の生徒会役員がまとめた、各部活の大会結果に目を通し、臨時予算委員会に向けての資料を作成する。 絶えず出てくる仕事の山に、重いため息が出た。 思わず洩れたため息には、それ以外にも理由があった。 その原因は、部室に置かれたソファの上で、ごろりと寝転がっている芥川慈郎だ。 帰り支度をしている他のレギュラー達の中、いち早く着替えを済ませたジローは、ソファで寝入っていた。向日や宍戸が何度か起こしたが、全く起きなかったので、そのまま帰ってしまった。 結果、部室に残っているのは跡部とジローの二人だけとなったのだ。 跡部が仕事している間、ジローはずっと寝ている訳ではなかった。起きては跡部の様子をチラリと見て、欠伸をして、寝返りを打つ。それを何度も繰り返していた。 別に気にしなければいいのだが、静かな部室で寝返りの度にする衣擦れの音はやけに響く。小さな音は、静寂の中だと余計に大きく聞こえるものだ。 (……気になる) 何故、彼はココに残っているんだろう。 ただでさえ、今日は台風がきているのだから、早めに帰らなければならないというのに。 跡部は広げていた資料から視線を外し、ソファの上にいるジローを見た。 「…………帰らねぇのか」 ジローは完璧に寝ていなかったようで、ゆっくり起き上がって跡部を見た。 「んー? 跡部は? 跡部は帰らないの?」 「もう少ししたら帰る」 「じゃ、俺も。も少ししたら帰るよ」 そう言って、再びソファにごろんと横になる。 ほおっておけば、ジローはそのまま熟睡してしまうだろう。 跡部は椅子から立ち上がりソファに近づくと、ジローの肩を掴んで引き起こした。 「ジロー。眠いんなら、家帰って寝ろ。部室で寝るな」 「跡部が帰るなら、帰るよ」 「あぁ?」 「跡部が帰るなら帰る」 寝起き特有のぼんやりとしていた瞳が、今はハッキリと覚醒した状態のものになっている。 ジローのその様子は跡部にとって予想外のことで、ジローの肩を掴んだまま跡部は固まった。 「………………………………」 「………………………………あとべ」 起き上がって腕を伸ばし、驚いて固まっている跡部の体をジローは抱き締めた。 ぎゅう、と音が出るんじゃないかというくらい抱きついてくる姿は、どこか必死に見える。 胸の辺りにある金色の髪。ジローが喋る度に、振動がダイレクトに伝わってくる。 耳だけでなく、体全体でジローの声を聞いているような気がした。 「跡部は力入りすぎ。こんな日くらい、休んで」 「忙しいんだよ、俺様は」 「じゃあ、俺の為に休んで」 「は?」 「いつか倒れるんじゃないかって、俺が心配。俺が心配しすぎて疲れる。だから、俺の為に休んで」 泣きそうな声で切望してくるジローの存在が、愛おしく感じられた。 するりと指先で金色の髪を絡める。 鮮やかなその色は、太陽の色だ、と思う。 屋外でいつも眠り込んでいるジローからは、いつも太陽の匂いがする。 側にいるだけで安心できる雰囲気をジローは持っている。 「…………、後」 「ん?」 「後少しだけこうしたら、帰る」 「ん、分かった。後少しだけ、こうしてよ」 ジローの頭を抱き込むようにして目を閉じると、後はもう何も考えられなくなる。 触れ合った場所から体温が一緒になって、全部が溶けてひとつになるような、そんな錯覚。 疲れも、仕事も、雨も、寒さも、何も感じない。 感じるのは、互いの温度と匂いといつもより早めの鼓動と。 雨と風の音から切り離され、此処だけ別世界のような気がした。 2005.12.06
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