01. 気が付けば君を探してる
Oshitari×Atobe+Nio×Atobe


“詐欺師”の異名を持つ男は、誰かに成り代わることに長けていた。
そういえば、青学との試合でもダブルスのパートナーと入れ替わって試合をしたらしい。その見事な化けっぷりに、青学はまんまと騙されたという。見た目は勿論、喋り方や技まで、彼は完璧にコピーしてみせた。なんて厄介な奴。騙される方からすれば、たまったもんじゃない。今すぐ、そんな趣味の悪いこと止めろと言ってやりたい。

大体、何でそんなことをやろうと思ったのか。
前に1回、尋ねてみたけれど、上手くはぐらかされてしまった。
そう、彼は口も達者なのだ。ますます、気に入らない。

「どうしたん、跡部。そないに難しい顔して、キレイなお顔が台無しやん」
「……別に、関係ねぇだろ」
「冷たいなぁ」

関東圏では珍しい、独特のイントネーション。
忍足のその喋り方に、始めうちは違和感を覚えたものの、慣れてくれば、低く色気のある声も相俟って、俺の耳に甘くくすぐるように響いて心地いい。

そういえば、彼も変わった喋り方をしていた。
どことも確定できない、喋り方を。

「ココ、シワ寄ってんで?そないに機嫌悪いん?」
「やめろ」

ココ、と言って俺の眉間をぐりぐりと押してくるものだから、手で払いのける。
思った以上に強く払ってしまったらしく、パシッと乾いた音がした。
しかし、気にした様子はなく、醜く唇を歪めて笑っていた。

面白がっているのだ。この状況を、俺の反応を。

「キスしたるから、機嫌直し?好きやろ、キス」
「やめろって言ってんだろうが」

あと数ミリのところまで近づいた唇の動きが止まり、間近で見つめ合う。
長い前髪が目に入りそうだ、と関係ないことを思ってしまった。
今、目の前にいる奴の、長い髪が気に入っていた。
俺とは全く違う色をした、中途半端に伸ばした髪が動くたびに、見入ってしまう。

キレイなんだ。夜を支配する、  に似た色が。
色が違っても、サラサラと揺れる様は変わらないから。

腰に回された手が熱い。
逃げられないように、俺の顔に添えられた手。
鼻腔をくすぐる、香水の匂い。ああ、こんな細かいトコロまで――――

「……もう、やめろ。もう、いらない、から」

力なく閉じられていく瞼。
いつの間にか溜まっていた涙が、閉じた瞳から流れて頬を伝っていく。
自分が泣いていると自覚した途端、声が震え出すのはどうしてだろう。
たとえ震えて上手く喋れなくなっても、今、伝えなければならないと思った。
だから、必死に探して繋げて、言葉にする。

「もう、真似しなくて、いい」

俺の言葉を、相手は黙って聞いていた。


「仁王」


名前を呼べば、愛しそうに俺を見つめていた瞳が、一瞬で冷たいものに変わった。
目の当たりにした恐怖でさらに震える俺を、顔に添えられた手が優しく撫ぜる。
そして、俺の流した涙を指で掬う。
骨ばった指についた、塩の味のするソレを、仁王は舌で舐め取った。

チラリと見えた薄い唇から覗く、赤い舌が、色っぽい。
その唇と舌が与える快感を、俺は知っている。
けれど、それは“仁王”が与えてくれるものではない。

「…………なんで?好きなんじゃろ、忍足が。身代わりしてくれ、って言ったんはソッチじゃ」
「そう、だ……。けど」

“忍足”として与えられる、もの。

「今さら。俺は最初に言うた」


確かに最初に言われた。

自分でもバカなことをしてる。こんなことを頼むのは相手に失礼だ。そう思った。
けれど、その時の自分は、忍足のことが好きすぎて身動きがとれなくなっていた。忍足に気持ちを伝えるつもりはない。かと言って、気持ちを押し込めて接し続けるのは辛い。忍足が自分の名前を呼ぶたびに心臓が跳ね、触れられれば頬が染まり、視線は常に彼を追いかける。隠し通していくつもりだった。しかし自分の本能は、知って欲しい気付いて欲しいと訴える。

このままだと、ヤバいと焦った。
そんな時、仁王と、出会った。


「やっても構わんけど、途中で止めたりせん」


こんなバカげたことを頼まれて、受け入れてくれるとは思いもしなかった。
忍足の変わりになってくれ。
俺の願いを、仁王は二つ返事で承諾した。


「跡部がイヤ言うても、止めんよ」


そうして始まった、俺たちの奇妙な関係。
月にニ回、忍足に化けた仁王が、俺の家に訪れる。
最初にその姿を見た時、本物の忍足かと疑ってしまうほど、完璧だった。
一晩を二人きりで過ごし、朝になると仁王は帰っていく。
二人でいる時は、他愛のない会話をしたり、体を重ねあったりした。何もしないで、ただ隣にいるだけの時もあった。

ゆるやかに、ただ俺が求め、望むままの時間を、仁王はくれた。


「“もう忘れてしもたん?跡部”」


そう言って“忍足”は、穏やかな、いつもの笑みをみせた。
寸前で止まっていた唇が強く押しつけられ、呼吸まで奪うように深く口付けてくる。

文句など言わせない。そう言っているかのようだ。

激しいキスに溺れそうになりながら、俺はそっと目を開けた。

忍足よりもずっと長い髪は、黒く染められてはいるが、長さはそのままにしてあった。
さすがに、髪を切ることまではしなかったようだ。学校も、あるのだし。
髪が肩から滑り落ちて、仁王を押し止めるため肩に添えていた俺の手にかかる。

それを知った瞬間に全身を走り抜ける、快感。
熱に浮かされたような声が、俺の口から漏れて、与えられるキスはさらに激しくなっていく。


いつの頃からか、忍足の姿をした仁王を見て、“仁王”である部分を探してた。
忍足と違う部分を見つけて、それを指摘して、直して、“忍足”にして欲しいわけじゃない。

その“仁王”である部分を、愛しいと思うのだ。


しっかりと閉じられた仁王の目は、いつも俺を軽蔑するように ( 当たり前だろう ) 見る。
“忍足”の時には優しく触れてくる指先は、“仁王”に戻った途端、俺を拒絶する。

その度に俺の心に突き刺すような痛みが走り、泣きたくなった。

何よりも、この唇が与えられなくなることが、一番恐くて悲しい。
“忍足”としてしか触れてくれないのなら、一生このままでいい。

腕を伸ばして、結ばれた髪を触って、指に絡める。
ひんやりとした温かさが、夜の月のようで、好きなんだ。愛しいんだ。
そう、俺は、彼が好きなんだ――――
声に出して言えない分、心の中でそれを伝える。

腰を支えていた手がシャツの中に潜り込み、背中をゆっくりと這い上がっていく。
唇が俺の顔をなぞるように滑り、白い歯で軽く食んでは舌で優しく舐めあげる。
そのどこまでも優しい愛撫に、体の力が抜けていく。
仁王にしがみ付いていなければ、立っていられない。

「“跡部、好きやで”」

閉じた瞳から、また涙が流れた。



( この悪夢の終わりは、どこですか )



柳生に化けたくらいだから、忍足にもきっと化けれるよ。
……あんまりその辺に深いツッコミはなしの方向で。
いろいろ無理矢理です
2006.04.30